寂しい夜
後悔先に立たず。歩くと思った以上に時間が掛かる。
リヤカーを引きながらだから走るわけにもいかない。
とっぷりと日が暮れて、星明り頼みの心細い道を通って山の屋敷に帰る。
不逞の輩や魔物に出会うこともなく無事にたどり着けたが、暗闇の中で荷降ろしと山登りをやらねばならない。朝まで放置して雨でも降ったら最悪だ。
馬鹿力のお陰で酒樽を持ち上げても余裕だが、両手では運べる量にも限界がある。何度か往復かしなければならないだろう。
「はぁ、メンドくせえ」
渋々と酒樽を持ち上げようとして動きを止める。
あ、いや、待てよ。ちょっと試してみるか。
思いついたのは簡単なこと。
凄まじい腕力があるのなら、まとめて持てばいい。リヤカーごと。
「さすがに少し重いがいけるな」
試してみれば、思ったよりも簡単だ。しかし持ち上げることは問題ないが、前が見えない。
躓いたりしないよう、ゆっくりと山道を登り、屋敷の前に到着した。
リヤカーごと壊れた玄関から屋敷に入って降ろすと、やっと一息つけた。
片付けなどをやる気はおきず、荷物はリヤカーに載せたままにしてしまうが、寝床と風呂くらいは綺麗にせねば休むこともままならない。
体力よりも精神力を削りながら、まずは寝床と定めた適当な床の埃を払って水拭きする。
バケツの水が真っ黒になるまで無心で拭く。拭いて拭いて拭きまくる。
窓が破れたままだから、なるべく窓から遠い場所に寝床は決めた。
ベッドのフレームだけでもあれば、床で寝るよりはマシだったのだが……。
それにしても、まともに掃除をするなどいつ以来のことか。ガキの頃ですら平然とサボっていたから記憶にない。
満足するまで寝床の拭き掃除とついでにその周り程度の掃除を終えると、勢いのままに今度は風呂掃除だ。
一旦止めてしまえば、もうやる気が出ないだろうから続けてやってしまう。
全裸になりデッキブラシを握り締めると、出しっ放しにした水をばら撒きながら汚れきった空間を磨き上げる。
体力と腕力にものを言わせてガシガシと擦ると、大理石のような石の風呂は徐々に輝きを取り戻していく。
別荘とはいえ、元は王族が使う風呂だ。広さはかなりあるから大変だ。窓は破れたままだが、そこは無視する。
結局、納得できるレベルで綺麗になるまでには、かなりの時間を掛けることになってしまったが、妙な満足感を覚えながらそのまま風呂に浸かって疲れを癒した。
「ふぅ~、全身で浸かる風呂は、やっぱり気持ちいいな」
大きな窓が破れたままの風呂はまるで露天風呂のようだったが、実際には設備が破損している悲しい状態なのだ。まあそこは気の持ちようだろう。
温めの湯の快適さに眠ってしまいそうになるが、誘惑を断ち切って上がることにした。風呂で溺死なんて笑い話にもならない。
風呂を上がれば、今度は酒と晩メシの時間だ。
リヤカーに積んだままのメシやすぐに使う物資を持って移動すると、一応の掃除をした床にあぐらをかきながら、冷え切った屋台メシをもそもそと食べる。冷や飯には慣れているから問題ない。
ああ、ベッドとは言わないから、せめてソファーくらいは欲しいな。中古なら安く手に入るだろうし、今度買ってこよう。
歪な陶器のコップに注いだ葡萄酒を飲みながら急速に眠気に襲われると、そのまま毛布を掻き抱いて眠りについた。




