無力な勧誘者【Others Side】
若き勇者たちに対し多数の秘密裏に届けられるオファーがあるように、最年長の勇者であり第二種指定災害討伐の実績を持つ刑死者の勇者の元には、より多くの勧誘が実行されていました。
例えば路上、彼が街を散歩している時にさり気なく近づく男がいます。
しかし刑死者の勇者は元の世界では敵が多く、さらに追われる生活を送っていたことから、人の気配や視線に敏感でした。
勇者と接触を試みようとしていた男は事前に察知されて睨まれてしまいます。
ただ睨まれただけ。それだけの事にすぎませんが、接触者は恐れをなして逃げ帰ります。
元からの人相の悪さは睨むという行為によって、さらに凶悪になります。まるで鬼です。しかも勇者の実力が滲み出ているかのような眼力なのです。そこいらのチンピラとは凄みが違います。
余程の胆力の持ち主でもなければ、話し掛けるどころか近づくことさえ無理でしょう。
こうして幾人もの接触を試みようとした者たちが、なにもできずに退散していました。
刑死者の勇者は、そもそも彼らが何の目的で自分に接近しようとしていたかさえ分かっておらず、街中で遭遇するただのスリと扱いは同じでした。
また、時には直接の接触ではなく、手紙による勧誘も試みられていましたが、結果は大して変わりません。
金を握らされたメイドでもいるのか、時折、食事や洗濯物に紛れるようにして手紙が届きます。
「……またか。どうせ下らん詐欺まがいのもんだろ」
手紙の内容を一瞥だけすると、ゴミ箱に放り捨ててしまいます。悪質なダイレクトメールと同じ扱いでした。
彼はうまい話には決して乗りません。うまい話には裏があると固く信じていましたし、誰ぞの勧誘には乗るまいと決めているのです。
何かをするときには、誰かからではなく自分から。人を騙してきた男は、同じ目には遭うまいと、うまい話を拒絶します。簡単には信じません。
さらには賄賂を伴った勧誘も、当然ながら存在します。
金銭、高級品、そして女です。
誠意を尽くした言葉よりも、即物的なこちらのほうが効果は高いかもしれません。
刑死者の勇者は、物だけもらっておいて無視を決め込もうかとも思いましたが、受取ること自体が罠かもしれません。彼は気前良く、密かに届く金や物品はメイドや下働きの男たちに適当に配ってしまって手元には一切残しませんでした。返品先は不明ですし、わざわざ探し出すほど律儀でもありません。
異世界において慎重に慎重を重ねることは、賢明といえるでしょう。
特に女はマズイです。弱みを握られるに等しい事態を招きかねませんし、情が移れば最善の判断を下せなくなる可能性もあるからです。
バルディア王国、城下町の裏通りにある安酒場では、身分を隠した隣国の交渉官が作戦の進捗を確認しあっていました。
「未だに全員とは接触できていないな。接触できた勇者も反応は芳しくない」
まとめ役らしき男は、思った以上の成果のなさに苦慮していました。
「堂々と交渉できるような機会はないし、地道にやるしかないな。回数を重ねれば、少しは話も聞いてくれるようになるだろうさ」
「正確に言えば、話くらいは聞いてくれるのだが、なかなかそれ以上には進展しない。予算の無駄遣いにも思えてくるが」
集まった交渉官たちにはそれぞれに担当している勇者がいて、互いの進捗確認と愚痴を兼ねた集まりでした。
「それでも数人は感触だけならいい感じなのだろう?」
「まだなんとも言えないな。それで、例のグシオンを単独で倒したという勇者はどうだった?」
彼らの国の上層部から最優先で接触、勧誘を求められていたのが、グシオン討伐という破格の実績を持つ刑死者の勇者でした。
「……あれは無理だ。命令だから勧誘は続けるが、私はもう手を引くべきだと思う」
勧誘が上手くいっていないことからくる悲観とは違う、無駄と確信しているかの様子に、他の交渉官も困惑しています。
「どういうことだ? 結果が出ないのは仕方がないが、諦めていてはどうにもしようがないぞ」
「……お前たちは直接見ていないからそう言えるのだ。私も交渉官として様々な人間を目にしてきたが、あれほど恐ろしい男は見たことがない。近づいただけで殺されるかと思ったのは初めてだ」
「第二種指定災害を単独で倒すような勇者なんだ。それくらいの迫力はあるだろう。賄賂や女はどうだった?」
「……全部無駄になった。どうすればあの男の心を動かせるのか、私はもう見当がつかない。他の勇者の勧誘に専念すべきと具申する」
ここに集まっているのは、誰もがその能力を見込まれた優秀な交渉官です。互いにそれを認め合ってもいます。
しかしながら刑死者の勇者を担当している男は、自らの仕事の失敗を悔やむでもなく、堂々と不可能と宣告して改める様子もありません。
結局、まとめ役の男に向かって告げられた提案は了承され、本国の命令を待つ間は手を出さないことが決められました。
勧誘は疑え。
うまい話には必ず裏がある。
甘い考えは身を滅ぼす。
弱みを見せるな。
隙を見せるな。
敵はいつでもどこでも近くに潜んでいる。
これらは刑死者の勇者のモットーでしたが、交渉官が知ることはありません。




