揺さぶる言葉【Others Side】
若き勇者の一人である不良少年は大きな不満を抱えていました。
勇者として計り知れない力を持っていながら、自分に劣る力しか持たない騎士団や王宮のお偉方に徹底管理される生活に嫌気が差していたのです。
元より人に指図されることを好まない性格でもありますし、気の合わない他の勇者と一緒にいることも苦痛に感じていました。
また、彼は己が悪魔の勇者と呼ばれることにも不満を持っていました。
彼自身でさえ、正義とは無縁の性格であると考えていましたが、それでも悪魔とまで称されることには不満を感じるようです。
しかし、悪魔の勇者はその名に相応しい在り方をしてきました。
決して表沙汰にされることはなかったのですが、異世界において絶大な力を持った彼は、思うがままにその力を弱き人々に向けていたのです。
勝手に街に出ては気に入らないと因縁をつけて喧嘩をし、叩きのめして金まで奪う。盗みや器物損壊も当たり前です。欲望のままに婦女を暴行することまであり、気の向くままに、勇者の力を使って暴力を振るうことを楽しんでいました。
陰に隠れてやってはいましたが、いつまでも隠し通せるものでもありません。
ただの少年が異常な力を発揮して悪事を働いているとなれば、噂になるのは当然のことです。
悪行の噂は騎士団の耳にも入り、真っ先に疑われるのは素行の良くない当人でした。
自らの行いでありながらも疑われるのが気に食わない悪魔の勇者は、理不尽に怒りをぶつけます。
その対象は騎士団であり、同じ勇者であり、街の人々でもありました。素行の悪さに、ますます手が付けられなくなっていきます。
醜聞を厭った王宮によって情報操作がなされていましたが、完全にできるものでもありません。
また、同じ勇者である若者たちも、悪魔の勇者に嫌悪の視線を向けるようになります。負の連鎖です。
今日も不良少年は街で憂さを晴らします。
誰彼構わずガンを飛ばし、目が合えば因縁をつけ殴って金を奪うのです。
「あー、どいつもこいつも気にくわねぇ!」
路地裏の空き地で悪態をつきながら、積まれた木箱を蹴飛ばしました。
崩れた木箱が足に当たったのがまた気に入らなくて、滅茶苦茶に踏み潰して破壊してしまいました。
どうしようもない八つ当たりですが、気が済んだのか歩き出すと、空き地の端っこの地面にだらしなく寝そべって盗んだ果物を寂しく齧ります。
林檎のような果物を食べ終えた頃、空地に入ってくる怪しい人影がありました。
フードを目深にかぶった怪しい人物は、真っ直ぐに寝そべったままの不良少年に近づきます。
不良少年は悪魔の勇者の名に相応しいような凶悪な顔で睨みつけていましたが、効果も乏しく怪しい人物は傍に近づくと話し掛けました。
「……勇者様とお見受けします。折り入ってお話があって参りました」
「てめぇ、誰だ?」
さすがの不良少年も不審に思って問い質します。喧嘩を売りにきたチンピラでないことは明白です。
「あなたのお力を高く評価している国の者です。少しで構いませんので、お時間をいただけませんか」
「失せろ。ぶっ殺されたくなかったらな」
機嫌の悪さを隠さない痛烈な返しに、怪しいフードの男も踵を返しましたが、数歩で立ち止まると最後に言葉を投げ掛けました。
「……我が国にいらしていただければ、勇者様には快適な環境をご提供できると確信しております。才気溢れる若き勇者様、またお会いしましょう」
怪しいフードの男は、それだけ告げると足音もなく立ち去りました。
「不気味な野郎だ。調子のいいことほざきやがって」
何に対しても悪態をつかずにはいられない不良少年は、しかし自分でも気づかないうちに顔を綻ばせていました。
――力を高く評価している。
――才気溢れる。
悪魔の勇者が今までに決して言われることのなかった、肯定的な言葉です。
周囲の評判は著しく低い悪魔の勇者ですが、しかし彼は自己を高く評価していました。それは何の根拠もなかったのですが、他の勇者よりも優れているとさえ思っていました。
たった今、勇者の力を持ちながらも疎んじられていた不良少年は、初めて他人に認められたのです。例えそれが上辺の言葉だけであったとしても。
直接、間接を問わず、ほぼ全ての若き勇者の元には様々な言葉が届けられていました。
どの様に受け止めたかは、もちろんそれぞれですが、それが彼らにとって良いものであったのか、悪いものであったのか、現時点で判断することは誰にとっても難しいでしょう。




