苦しい立場のコロンバス会
いい女と一緒にいると時が経つのはあっという間だ。
夜中に一旦眠ったが、朝起きてから昼過ぎまではなんだかんだと一緒に過ごしてしまった。
このままではまた一泊、そしてまた一泊と、同じことを繰り返すのは目に見えている。
欲望と誘惑を断ち切って、思いっきり引かれまくる後ろ髪をバッサリと剃り上げるような気概を持って店を出た。ただ店を出て帰るだけだというのに、多大な精神力の消耗を強いられたような気がしてしまう。
それにしても無理に引き止めようとするのではなく、寂しげに見送られ、最後の最後にいたずらっぽいスキンシップをされると、どうしても別れがたくなってしまうのだ。
魔性の女め。俺をあの一室に永遠に閉じ込めておく気か。
男を虜にしてやまない女のなんと危険なことか。
だがしかし、あいつは最高だ!
さてと、浮ついた頭を切り替えるためにも、むさい男どものところに顔を出しに行くか。
いつものように、もう極めて自然に隠密状態を維持しながら、目的のコロンバス会を訪ねる。
勝手に中に入って様子を見るが、前より少しは賑やかになっているらしい。人員の補充が少しは上手く行ったようで、見たことのある姿もあった。
特に気にせず、気配を露にしてからアンドリューの部屋に行こうとすると、
「あ、兄貴!?」
ウルフカットの青年が誤解を招く呼び方をしやがった。
「兄貴じゃねぇ、大門さんと呼べ」
あいつもここにいるということは、コロンバス会の一員、その見習いのような立場になったのだろう。
下っ端中の下っ端とはいえ、裏社会に携わる人間に兄貴呼ばわりされてしまっては迷惑だ。どこから誤解が広がるか分かったものではない。
そのほかの野郎どもにも釘を刺すようにビシッと言いつけると、半開きになっていたボス部屋に入った。
「おう、まだくたばってなかったか。調子はどうだ?」
「ひっでぇなあ。でもちょうどいいところでしたよ、大門さん」
軽口に応えたのはスピアーズだ。ボスのアンドリューは持っていたグラスを掲げて挨拶を送ってきた。
「なにがちょうどいいだ。俺にとっちゃ、どうせ厄介事だろうが」
思いっきり嫌そうに返してやると、今度はアンドリューが応える。
「そう言うな。実は昨日のことだが、モズライト組の総本山が落ちた。ここらもいよいよキナ臭くなってきやがったぞ」
「モズライト組傘下の組がいくつか裏切ったらしくて、ウチの本家もピリピリしてるところですよ」
口調はまだ軽いが、アンドリューとスピアーズの表情は深刻だ。
「知ったこっちゃねぇと言いてぇが、ここら辺が騒がしくなるのは迷惑だな。その敵のほうで具体的な動きはあんのか?」
「本家で聞いたところじゃ、最初の標的の一つは俺らのシマになるかもしないって話だ」
それは難儀な話だ。他人事ではいられないわけだな。
「よりによってですよ。ちょっと伝手を使って探らせたんですが、すぐ隣のシマに人数集めてるらしいんで、本家の話は間違いないでしょうね」
「応援も頼んじゃいるが、ウチのカシラのシマも標的らしくてな。こっちに回してもらえる人数には、はっきり言って期待できない」
より重要度の高い場所の防御を厚くするのは当然だが、見捨てられるほうの身になるとなかなか辛いものがあるだろう。
いっそのこと裏切ってしまえばと思わなくもないが、それはそれでハードルが高いのは理解できる。裏切った挙句の敗北となれば最悪で、それならまだ戦ってから逃げたほうが面子も立つというものだ。
「だからと言って、大人しくやられるのを待つわけじゃねぇだろ。なんか対策はできてんのか?」
「最低限だな。多少はマシになっても、頭数が全然足りないことに変わりはない。せいぜいがこの事務所と俺の店に人数集めて、時間を稼ぐくらいだ」
打てる手はないってことか。結構、やばい状況だ。
「……どうする? 場所さえ分かってんなら、もう俺がぶちのめしてきてやろうか? お前らにいなくなられると俺も困るしよ」
やられる前にやるのは基本だ。策があって待ち受けるならまだしも、アンドリューたちにそれはないという。
コロンバス会の用心棒ポジションとしては、どうせやる事になるのなら、このまま待つよりも先に攻めてしまい。そのほうが手っ取り早く終わる。
「奴らが一か所に固まってるならそれもアリなんですがね、厄介なことにグループ単位で別れてやがるんですよ。戦力出してどっかを潰しに行くと、その隙をついて一斉に拠点に攻め込むってやり方でモズライト組が疲弊していった経緯もあってですね、だったら防御を固めておいた方がマシってことです。大門さんがいてくれりゃ、どうにか粘れそうですしね」
例えば俺が単独でどこかの拠点を潰しに行くと、それを見張っている奴から情報が伝わり、別の多数のグループがアンドリューたちの拠点に押し寄せる可能性があるということか。
アンドリューたちが持たせられればいいが、できなければ終わりだ。
消極的だが俺も拠点防御に加わり、攻めてくる奴らを撃退する方法しか取れないということになるか。
「だったら一か所にまとまってたほうが良くねぇか? もしくは全員で俺と一緒に攻めに行くとかよ。その辺どうなんだ」
「看板掲げてる事務所がやられるわけにはいかないし、あの店はウチのシノギの中心だ。もし燃やされでもしたら、結局はその後で立ち行かなくなっちまう」
「どっちも俺らにとっては譲れない場所ってことです」
そういうことなら守りに徹するほかないだろう。
両方に攻め込まれたらどうしようもないが、片方だけなら俺が撃退しに移動すればなんとかなるか。そう上手く行くとは思えないが、できる方法でやるしかない。
はぁ~、思った以上に面倒なことになりそうだ。




