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悪党面の鬼勇者は、世界を救う対価に金と女を要求します。  作者: 内藤ゲオルグ


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謎の女を想う

 暗い天井を見つめながら、隣で眠る女の存在を意識する。

 つい先ほどまで三日ぶりの燃え盛る男女の時間を過ごすと、その後ではいちゃいちゃとした時間を堪能した。

 女神のように美しく、しかし悪魔のように妖艶、五感を痛いほどに刺激してやまない女だ。

 もはや完全に虜にされつつある。主導権を握られ、手玉に取られる感じも悪くない。むしろいいものとさえ思える。


 貴族向け高級娼館であるプラチナ・エデンにおいて、まだ通い始めてから幾日も経っていないというのに俺はすでに上客だ。

 五億円相当の金貨を使ってまで、たった一人の女を抱く権利を獲得したからだが、それだけに留まらず、別料金の高い食事や酒を惜しみなく注文していることもある。


 だが、一番大きいのは買った女、こいつはどうやら娼館の主のような存在とでもいうのだろうか。受付の初老の紳士や、その他の従業員の態度を見てもそう感じざるを得ないものがある存在だ。この女神か悪魔のような女に気に入られているとうのが、おそらく大きい。


 いったい何者なのか。気にならないと言えば嘘になるが、男女の間に余計な事は要らないと言ってのける女の気持ちも分かる。

 分からないからこそミステリアスな要素が加わり、燃えるようなひと時をさらに熱いものとへしてくれる。

 実際の立場やここにいる理由も何も分からないからこそ様々な憶測が膨れ上がり、一種のイメージプレイのようなものに一抹の真実性をも期待できてしまう。妄想がはかどるということだ。


 往々にしてこういうのはただの建前であり、実際のところは女の側だけが全てを承知の上で客を転がすのだと思うが、今回ばかりはどうにも違うように思える。女の嘘を見抜くのは苦手だが、アーテルも俺が勇者などと呼ばれる存在とは分かっていないとしか思えない。



 世間では魔神の出現と脅威は常識の範疇だし、それを倒す勇者のことも同様だ。もし俺のことを勇者であり、しかも魔神を倒した張本人であると知っているなら、そこに興味を抱くのは普通のことだろう。遠回しにでも必ず話題に上ると思う。


 だが、俺とアーテルの間で交わされるのは睦言だけだ。世間話のようなことは一切しない。互いの日常や正体に関するような話題はなんとなく避けているというのはあるだろうが、強く意識しているのとは違う。

 俺たち二人の時間は、互いを求める情熱だけがある。余計な事がまるでなく、だからこそ心地良い。

 体の相性がいいのはもちろん、暗黙の了解をきっちりと理解し、情欲だけに忠実であるから、アーテルは俺を気に入っているのだろう。今となっては、互いにこの関係を壊すことをしたくないと思っているのは間違いない。


 しかしだ。そうはいっても、さすがにある程度の推測はできると思う。

 俺の場合、悪党面はともかく鍛えられた体は簡単に戦いを生業とする職業であることを知らしめるものだ。アーテルを買うために大金を用意できたかことから、普通の騎士や兵士でないことも明らか。かといって、貴族や金持ちのボンボンという雰囲気ではまったくないし、想像力が豊かであれば意外とあっさり正解にたどり着くかもしれない。


 アーテルの正体についても、その気になって調べれば分かりそうな気はする。

 堂々と偽名を名乗ったことから、本当の名、家名はそこそこ知られているのだろう。つまりは貴族か、有名な資産家の娘。法外な金額設定だった割にチップを受け取らないことから、金への執着は薄いとも思われる。少なくとも金に不自由は感じない家柄や立場のはずだ。そしてこれほどの美女であれば、正体にたどり着くの簡単だと考えられる。


 それにしても、ではどうして娼館などという場所にいるのかという疑問が生まれるが、これは本当に謎だ。これほどの女ならば、男などよりどりみどりにできる。それこそ一国の王ですら虜にできるだろうし、ひょっとしたらゲイどころか女ですら落とせるのではないか。魅了されるのは男だけに限らないと思えてしまう



 何者であり、なぜここにいるのか。

 正体不明な事こそが強烈なスパイス。魅惑の香りで男女を酔わせ虜にする。

 知りたいのに知りたくない。踏み込みたくても踏み込めない、この何とも言えない気持ちのせめぎ合い。だからこそ成り立つ良好な関係、この場所だけの極上のパートナー。


 だが、果たしていつまで我慢できるだろうか。

 知りたいという欲求は、これから増すことはあっても減ることはない。

 娼館などに置いておくのではなく、俺だけの女にしてしまいたいという欲求も否定できない。


 いつまで、この関係を続けられるのか。

 まだ知り合って数日程度の関係にすぎないが、あまりにも濃密な時間は二人の距離を一足飛びに近づけたと思うのは俺だけだろうか。


 しかし、予感がある。嫌な予感だ。

 現状の打破を考え実行した時、手に入れてしまおうと覚悟を決めた時、それこそが終わりの始まりのような気がしてならない。気のせいならいいが、なんにせよこの女は一筋縄でいかないだろう。


「……ん、起きてるの?」


 アーテルは眠りが浅かったのか、少しばかり身じろぎした拍子に起こしてしまったようだ。

 向けられる寝ぼけ眼とかすれた声すら魅惑的だ。魔性の女め。


「眠れなくてな。お前はまだ寝とけ」


 圧倒的な魅力と色気を前にまた襲い掛かりたい衝動が湧くが、散々やった後で疲れもある。寝かせておいてやろう。

 暖を取るようにくっついてきた女に高まる衝動はあったが、それよりも癒しのようなものを大きく感じた。こういうのも悪くない。


 ふう、なんだか妙に感傷的な気分になってしまったな。遠い昔を思い出してしまいそうだ

 余計な事を考えるのは止めておこう。

 さて、俺も少し寝るか。

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