悩める委員長男子【Others Side】
委員長っぽい風貌をしている男子、審判の勇者は物思いに耽っていました。
昼下がりの広場、目立たない場所のベンチに腰掛けると、なにをするでもなく沈んだ顔をしています。
仕事と家庭に疲れ切ったサラリーマンのような様子でしたが、彼の悩みはそれではありません。
それはなんといっても若者らしい、恋の悩みだったのです。
「……ミサオ」
愛しの少女、しかし振られてしまった少女の名が未練がましくも漏れ聞こえます。
天理ミサオは委員長っぽい女子であり、正義の勇者と呼ばれる彼の仲間でもありました。
空気を読まない告白によって審判の勇者は玉砕しましたが、どうしても忘れることができません。
しかし彼は振られた直後の傷心のところを肉食系女子に付け込まれ、まんまと秘密の花園に誘われてしまった負い目があります。これから挽回しようにも、真面目な少年は自分を許すことができませんでした。
さらには厄介なことに、肉食系女子への情まで湧いてしまっています。
恋愛対象とそれ以外への情。人の心はまことに複雑です。
「エリン、ルーシィ、それにミラ。ボクはどうしたら……」
なんという強欲さなのでしょうか。
委員長っぽい男子は消すことのできない恋心に悩み、しかし一方では肉食系女子への義理と情欲も捨てることができません。一度知ってしまった温もりを忘れることなどできはしないのです。
真面目な少年は真面目風な少年へとクラスチェンジを果たしましたが、十代の少年でもやはり立派な男ということになるのでしょう。言うなれば、これは男の性なのです。
しかしながら割り切れない少年は悩んで悩んで、悩み続けていました。
悩める少年がベンチに腰掛けてからどれほどの時間が経過したのでしょうか。
淀んだ空気を放つ少年からは誰もが距離を取り、広場の中でぽっかりとした空間が形成されてしまっていました。
しかし、そんな空気をものともしない男がいます。
悪党面で大柄な男は酷く目立ちましたが、物思いに耽る少年はまったく気が付きません。
するとついに男は少年の目の前に立ちました。
「おう、クソガキ。どっかで会ったことあるよな?」
内容はともかく真剣に悩んでいた少年に対する酷い物言いです。
考え事を邪魔されたことに加えてクソガキ呼ばわりには、真面目風な少年はもちろんカチンときました。
「なんだと……っ」
反射的に言い返そうとして顔を上げると、忘れようにも忘れられない凶悪な顔があります。
たくさんのグシオンと戦った時以来の邂逅であり、予想外な事で言葉が詰まりました。
「お、お前は」
「あ? 誰がお前だ? 俺は大門トオルだ。大門さんと呼べ。分かったな?」
偉そうに言い放ちました。
雰囲気と勢いに呑まれてしまい、真面目風な少年はこくこくと頷くことしかできません。
気を良くした男は馴れ馴れしい態度でベンチに腰掛けると、気安く語り掛けます。
「お前も勇者だろ? 名前は?」
「ボ、ボクは、鬼丸ハンジだ、です。審判の勇者です」
「そうかそうか。それでハンジ、こんなとこで何やってんだ?」
完全に暇を持て余したおっさんが若者に絡む構図でした。
「べ、別に何も」
恋の悩みなど、そうそう年ごろの男子が語れるものではありません。それも仲が良いわけでも信頼している相手でもないのですから当然です。
「何もってことはねぇだろ。深刻そうな顔してやがったくせによ。なんだ、一丁前に悩み事か?」
野次馬根性丸出しです。これには少年も怒ります。
「悩み事でもお前には関係ない!」
「大門さん、だろ?」
ただでさえ凶悪な悪党面を歪めて大柄な体躯で迫るようにすると、数々の修羅場を潜り抜けてきた独特の雰囲気も相まって凄まじい迫力となります。同じ勇者ということもあって、男に容赦はありませんでした。
「くっ! だ、大門さんには、その、関係ないです……」
反発を覚える少年でしたが、理屈が通用する相手には見えません。自分では歯が立たなかったグシオンを一撃で倒す男の恐ろしさもあり、ここをどうやり過ごすかを考え始めました。
しかし男には多少なりとも、年の功がありました。
「なんだ? 男が悩むことなんざ、女のことしかありえねぇだろ? ぐだぐだ悩んでねぇで言ってみろ。俺がスパッと解決してやろうじゃねぇか」
尊大な物言いに少年は怒るよりも呆れましたが、同時にこうも思うのでした。
女で悩んでいることは、ズバリ当てられてしまいました。まだ純粋な心を持つ少年は、そこに驚きと感心を覚えずにはいられません。
悔しくても、凄い、さすがは大人だと、心のどこかで感じずにはいられなかったのです。真面目風な少年は反発よりも、素直な心持でそれを認めました。
近寄り難い雰囲気の男が、実の兄のように親し気に接していることも、心を開く一因になっているのでしょう。
それに独りでは解決できそうにない悩み、そしてほかに相談相手もないのです。的確な助言が得られなければ、その程度の男と少しは言い返すことができるでしょうし、万が一にも得心のいく回答が得られるなら、それはそれで良いのです。
気恥ずかしさを除けば、これは悩みを解決できるチャンスとも思えました。少年は悩む事に疲れてもいたのです。
「いいから言ってみろ。誰にもしゃべったりしねぇからよ」
面白がっていることが丸分かりでしたが、少年にとっては藁にも縋る思いです。不幸にもそんな気持ちが込み上げてしまいました。
しかし、見ようによっては孤独を感じていた少年に差し伸べられる手です。見方を変えれば美しい友情と思えなくもありません。
「……じ、実は、その」
そしてついに委員長っぽい男子は恋の相談をしてしまうのでした。とんでもない相手に。




