明け方のバイオレンス
最近は遊び過ぎてしまっていたことから、ほんの少しだけ反省し、時間のある今日だけは早寝早起きを実行。
アジトに戻って即眠り、早すぎる時間に目覚めると、まだまだ深夜の時間帯からランニングで汗を流し始めた。
寝静まる時間帯だから物音は一切立てない。逐電亡匿の隠密能力を使って影を渡るように、しかし移動は紫電の如く鋭敏に。
王都は人口が多いだけに、どのような時間であっても多少の人通りはある。彼らに悟らせないよう気を払いながら、拳闘無比の能力まで使った超速のダッシュで距離を詰める感覚を馴染ませる。
人けが無くなった路地ではシャドーを織り交ぜ、再びダッシュ。能力の持続時間とインターバルの感覚も復習するように体に叩き込む。
さらにはリエージュ・シャトレで判明した呪詛の特殊能力を意識する。
自身をがんじがらめに縛る不可視の鎖。これによって大きく能力を制限される代わりに、出力が増大するという一種の呪いだ。
呪詛は極致耐性の特殊能力と同じように、常時発動しているパッシブな能力ということらしいが、思うところあって、この鎖のイメージをできる限り明確にしておく。
解いても解いても決して薄くはならない鎖の呪縛。
誰かを呪うための魔法のような能力と想像していたが、まさか俺自身を縛る呪いの鎖とは予想外だ。これはこれで有用な能力のようだが、やはり魔法が使えないというのは不満が残る。
三つの能力を意識しながら体を動かすことは、それなりの消耗を強いられる。訓練だからこそ加減なく、全力を振り絞り鈍った体に活を入れる。
どのくらいそうしていたのか、まだ日の昇らない群青の空の下、移動中の多くの人を感知した。
二本向こうの路地を歩く人数は二十人を超える。見回りの兵にしては大所帯だし、こんな人のいない時間にやることではない。
「……なんだ?」
あまりにも怪しい印象を受け、様子を見に行くことにした。
隠密状態を維持しながら接近し、何者か、そして何をしようとしているのか暴いてやろう。これも訓練の一環だ。
自慢の速度を発揮して背後に回り込み、近距離まで迫って観察する。
暗がりの中では人相までは分からない。だが確実に怪しい集団だった。
恰好からして衛兵ではないが、どうしてか武装している。一言もしゃべらずに急ぎ足で進む姿から、どこかに向かって急いでいるらしいことは分かる。
問題はどこに何をしに行くのか。おそらく、真っ当なことではあるまい。
慎重に後を付けること数分後、集団は一件の民家と思わしき建物の前で足を止めた。
コソコソと二言、三言、話すと、一人が玄関扉に張り付くようにした。どうやら鍵を開けようとしているらしい。
暗くてよく見えないが、普通に鍵を使って開けようとしているのではなく、無法な手段によって強引に開けようというのだろう。
まんまと鍵開けは成功したらしく、そっと扉を開けながら待機中の仲間を呼び寄せる。
集団がするすると侵入して間もなくのことだ。争うような声と物音が広がり始めた。
状況からして寝込みを襲っているに違いない。
少数での強盗事件ならともかく、あそこまでの集団でとなると普通の犯罪ではない。
現在地はアジトのあるコロンバス会の縄張りからは少し遠いが、感覚的にはモズライト組の縄張りだろうか。
するとモズライト組が攻められている状況の確率が高いと思える。組同士の抗争というなら、納得できる襲撃の様子だ。
しかし逆のパターンもあり得る。モズライト組がどこぞの組織を攻めている可能性も否定できない。
コロンバス会以外の組織に知り合いはいないことから、顔を見に行っても俺では判別は不可能だ。看板が掛かっているなら分かり易くていいのだが、どうやら襲われている民家にそういった物は見当たらない。
正体不明の奴らの争いに介入する謂れはない。場所だけ覚えておいて、あとでアンドリューに教えてやろう。
しばらく待機していると、襲撃した側が成功を収めたのか、ぞろぞろと集団が外に出てきた。明るければ返り血を浴びている様子が見えたのかもしれないが、まだギリギリ日は昇っていない。奴らにとっても日の出はリミットだったのか、即座にとんずらしていった。
民家の中の様子を見てみたい気はしたが、うかつなことは止めておく。
逐電亡匿のレーダーによれば、生存者はそれなりの数がいる。元の人数を知らないので、どれだけ減ったのか減っていないのかが不明だが、武装した集団が攻め入って全員無事だったはずはない。少なくない犠牲と生き残った全員が重傷を負っているのだと思われる。
「ちっ、朝っぱらからバイオレンスなもん見せやがって」
直接、目にしたわけではないが、暴力の気配というのは音や臭い、空気を通じても伝わる。
爽やかな朝が台無しだ。
アジトに戻ってシャワーを浴びると、気分を切り替えるために昼まで寝てしまった。




