束の間すぎる帰還
久しぶりの我が家だというのに、微妙な空気だ。
同居人の少女二人がいきなり頭を下げ、それを見守るように別の女までいる。
というか、委員長だ。あのいかにも委員長っぽいツラを間違えるはずはない。
衝撃的なことに委員長は黒のセーラー服姿だった。思いもしなかったが、あいつ高校生だったのか?
しかし本人が大人っぽいせいでコスプレ感が凄まじく強い。決して口には出せないが、酷く危うい魅力だ。
いくら大人っぽくても、実際のところがガキじゃあ、俺にとっては圏外に成り下がってしまったがな。惜しい気持ちはあるが、女神と出会ったばかりの俺には些細な事だ。気にするまい。
そんなことよりも今はキョウカとシノブだ。どう見ても様子がおかしい。
「謝ってるだけじゃ、なにがあったか分かんねぇぞ。いいから話してみろ、怒ったりしねぇからよ」
寛大な心持で接しようではないか。実際に、俺が怒るようなことはないと思うしな。
「そ、その……」
キョウカが悔しげに口ごもると、シノブが前に出た。
「大門さん、すみません! ど、泥棒が入ったんです……わ、私、気づかなくて」
「泥棒だと? 屋敷の中に? あ、お前らは無事だったのか!? なんかされてねぇだろうな!」
カッと怒りで熱くなる。
「あ、その、あたしたちは特になにもされてないんだけど」
「本当か? 指一本でも触れてやがったら、俺が草の根分けても探し出して、ケジメ付けてきてやる」
「ほ、本当に、大丈夫です。ただ、その」
ちきしょう。俺がいない間にコソ泥とはな。二人に被害がないのは良かったが、このままにはしておけない。見つけ出してギタギタにしてやる。
「お前らが無事ならそれでいい。そういや何を盗られたんだ?」
俺の私物で大した物はない。何かが無くなっていても気づかないレベルだろう。だとしたら、こいつらの私物か? それはそれで許せんな。
「ごめんっ、お金、盗まれちゃった……」
「すみません、大門さん……」
はぁ~。なんだ、金か。
「おいおい、金くらい気にすんな。また稼げばいいんだからよ」
軽い調子で慰めてやるが、キョウカとシノブは悔しそうに涙を滲ませる。
「気にすんなって言ってんだろ? それで、いくら持っていかれんだよ? 根こそぎでも俺は気にしねぇよ」
これは本当のことだ。ちょうど大金を使ったばかりだし、これから入る大きな報酬だってある。犯人は見つけ出すつもりだが、キョウカとシノブを責めるつもりはまったくない。
「……そ、その、大金貨」
「おう、大金貨な。別にいいって言ってんだろ。まさか一枚ぽっちが抜かれたわけじゃねぇだろ。一応、教えといてくれ」
「五百五十枚、です」
「……あ? なんだって?」
急速に噴き出した冷や汗が落ちる。
「ご、五百五十枚だって! ほんと、ごめん! あたし、働いて少しは弁償するから!」
「わ、私もです。す、凄い大金ですよね?」
大金貨、五百五十枚。それは俺が金庫から抜いた枚数だ。
「せっかく帰ってきたばっかりのところで、こんなことになって……ごめんっ」
「あ、あのー、キョウカとシノブもこれだけ反省しているので……」
思わず真顔になってしまうと、俺が怒っているとでも思ったのか、委員長がフォローを入れてきた。
しかし、しかしだ。それにしてもだ。
や、やっべぇーーー!
とてもではないが、俺が抜いたなんて言える雰囲気ではない。
しかしな。あまりにも殊勝な態度には、さすがの俺でも思うところはある。いや、だがなぁ。
己の所業を顧みると、なかなか正直には言い出せない。
実は四日も前に帰っていたこと。
寝ている隙に金をこっそりと抜いたこと。これは俺の金だから別にいいと思っていたが、管理を任せていた以上、勝手に取るのはマズかった。
使途が風俗であること。しかもアホみたいな大金だ。
一度も顔を見せず、帰ったことを知らせもせず、風俗に入り浸っていたこと。
潔癖な少女たちに対し、どうして正直に言うことができようか!
不可能だ。これ言うのは正直者というよりも単なる馬鹿だ。
だが、しかし! この正直に謝る奴らに、無用な責任を被せておくこともできない。責任を感じる必要はないと言っても、感じてしまうような奴らだ。
くそっ、なんて厄介なんだ!
あー、もうしょうがねぇ。
悪いのは全面的に俺だ。ここは開き直っていこうではないか。
「うおっほん! あー、その、なんだ。大金貨、五百五十枚だったな? 実はな、それを抜いたのは俺だ」
ほんの一瞬のことだが、確かに空気が凍り付いた。
「…………は?」
「え、どういうこと、ですか?」
「急に金が必要になってな。夜中だったし、お前らを起こすのも悪いと思ってよ。なに、大人の事情って奴だ。だから、お前らが気にすることはなんにもねぇ」
かるーい調子で真実をぼやかしながら言ってみるが、やはり不穏な空気が発生してしまった。
「ま、まあそういう訳でな。い、いやー、お前らが深刻なツラしてるから、びっくりしちまったぜ。はははっ」
「……あのさ、もうちょっと詳しく聞かせてくんない?」
「私も聞きたいです。そんな大金、どうしたんですか?」
空気を通じて伝わる怒りの気配が凄まじい。これこそは、勇者の怒り!
キョウカはむやみやたらと不機嫌になる女だが、今回ばかりはいつもと違う。俺でも背筋が凍るような何かだ。
そしてシノブ。金の使い道を問い質す、この感じ。確実に感づいている。これが女の勘か。いつも勘のいいキョウカの奴にも確実に見抜かれているだろう。
常識外れの大金を女がらみで使ってしまったことを。
俺が稼いだ金を何に使おうが文句は言わせないが、今回ばかりは状況がよくない。
管理を任せていた留守中のタイミングで、こっそりとやってしまったのだ。こっちの言い分もなくはないが、悪い思いをさせてしまったこともあるし、開き直るにしても厳しい場面だ。
くっ、ここは少し時間を置くべきだろう。
冷静に、冷静になる時間が必要ではないか。もちろん俺ではなく、キョウカとシノブがだ。
「……あっ!? まだやり残しの仕事があったんだ! 急がねぇと!」
いきなり背を向けて走り出した。
「ちょっ!? こらっ、待ちなさいよ!」
「大門さん! 逃げるんですかっ!?」
時間というものは様々な事柄を解決してくれる特効薬だ。少なくとも症状を和らげる程度の仕事はしてくれるだろう。
俺たちに必要なのは、まさにそれだ。
ふっ、不利な状況で不利なまま立ち向かうなど、愚かの極みよ。




