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悪党面の鬼勇者は、世界を救う対価に金と女を要求します。  作者: 内藤ゲオルグ


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束の間の帰還と変化の兆し

 高級娼館を飛び出すと、遠慮なしの特殊能力全開で走り出す。

 逐電亡匿で姿を隠し、インターバルが訪れるまでは拳闘無比のダッシュ力さえ利用する。


 運動能力は元より高いし、勇者となってからも地味な訓練も行う俺の走力はズバ抜けている。馬のスプリントすら圧倒する速度で走り、スタミナも無尽蔵だ。そこに特殊能力の上乗せが入れば、常識破りの移動速度を叩き出せる。

 遠征中はいつもの訓練ができていなかったこともあって、少し錆びついているだろうから、ここでついでに錆を落とすのも悪くない。一石二鳥だ。


 上がったままのテンションに任せて、本気を出す!


 崇高なミッションに挑もうとする心構えのせいか、高揚する精神とは裏腹に頭は冷静なのか制御が効いている。一時は完全に凪いでいた欲望の波が再び猛り狂おうとするも、それは意識して奥深くに封印できているのだ。不能になってしまったという懸念は完全に払拭できたと思っていい。


 溢れ出ようとするモノを走力に変えて突っ走る。世界最高速度を叩き出してやるとばかりに、一心不乱に駆け抜けた。



 特殊能力の合わせ技を使った超スピードでかっ飛ばし、見張りがいる街門をすり抜ける。

 夜陰に乗じて視認を許さず、近距離でも風の如き超速は普通の目では捉えられない。身体が錆びついていると言う事はほとんどなく、完璧なコンディションに近い。いや、むしろ体の底から力が溢れ出るかのようだ。

 特別な夜だからこそ出せる実力なのだろう。普段ならここまでのことはできない気がする。


 屋敷のある小さな山に着くころにはさすがに息が上がって汗だくになっていたが、その程度の疲労で済んだとも考えられる。疲れにも構わず山道もまっしぐらに駆け抜け、いよいよ久しぶりのマイハウス、屋敷に入ろうとした。


「おお? なんだ、見違えたな」


 壊れて曲がっていた鉄の門が綺麗にそびえ立ち、その先の適当に草刈をしただけの庭も整っているように思える。星明りの元ではなく、昼間ならもっと良く分かったのだろうが。


 そういえば、リエージュ・シャトレに旅立つ前、屋敷の修繕を手配するように頼んでいた。その成果がこれか。

 軽い力で開く門を抜け、その先には懐かしの我が家だ。同居人はすでに寝ているのか灯りは消えているが、暗がりでも見違えたのは分かる。

 ぶっ壊れて開いたままの玄関扉、割れた窓、薄汚れた外壁、その名残はどこにもない。少なくとも外観は完全にリニューアルされているようだ。


 修復された玄関扉を開こうとすると、当然のように施錠されていた。


「ちっ、そりゃそうか」


 この分だと窓にも鍵は掛かっているだろう。だがキョウカとシノブを起こすのは避けたい。金を回収したらすぐに出て行くのだし、その言い訳をするのも考えるのも面倒だ。

 少し考えて、一箇所だけ鍵の掛からない場所があることを思い出した。


 煙突だ。リビングの暖炉には煙突がある。行ってみよう。

 さっそく屋根によじ登り、煙突を覗き込む。


「なるほどな。こいつは助かる」


 屋敷のリニューアルのせいか、煙突のなかも掃除されて綺麗なものだ。触ってみても煤の付着が全くない。そもそも一度も使ったことはなかったが、これなら汚れを心配する必要はない。

 躊躇なく飛び込んで、壁に手足を付けながら落下スピードを調整。何の問題もなく、リビングに侵入を果たした。


 部屋を見回すと以前のような荒れた様子は完全に払拭されていた。掃除はしていたがどこか汚れている感じのあった床や壁なども、すべてが磨かれたように綺麗になっている。

 汚れは徹底的に落とされ、破損は修復され、かつて王家の別荘だった時代に近い状態に戻ったのかもしれない。


 灯りを点けて屋敷中を確かめたい気はあるが、いまはそれどころではない。

 金庫の設置された小部屋へとまっしぐらに移動し、大型金庫の意外とレトロなダイヤル式の鍵を回し開ける。

 中には小分けにされた大金貨、小金貨、銀貨、宝飾品などが整然と並んでいる。キョウカとシノブには屋敷のことを任せているから、金庫の鍵も開けられる。きちんと整理してくれているらしい。


 必要なのは五億五千万円相当におよぶ金貨だ。

 大金貨が五百五十枚あればちょうどになるから、小分けにされた山から必要分をごっそりと抜き出してポーチに収める。なかなかの重量感でかなり嵩張るだ。

 だが頼もしい重みだ。この重さこそが、希望に満ちた明日に繋がっているのだからな。ふははっ!


 抜いた後の金庫の中身が随分と寂しくなった気はするが、これは屋敷の修繕費で減った影響もあるだろう。それでもまだまだ金はあるし、追加で入る予定もある。余裕だな。


 金庫を閉めて、今度は普通に玄関から屋敷を出るが、ここまでずっと逐電亡匿の隠密状態をキープしたままだ。無事に少女たちを起こさず金の回収ができた。上出来だ。

 しかし屋敷の管理には感謝しなければならないな。帰ったらなにか好きなものでも買ってやろう。

 密かな感謝をしながら、二階で眠る少女たちの気配を少し探った。


「……なに? 一人多いな。まさか男を連れ込んだりなんか、いや、女か」


 詳細に探ると姿かたちは男とは違うし、別々の部屋で寝ているようだ。男でなければ普通に友達なのだろう。一緒に寝ていないということは客間でも用意したのか?


「まあいい。ダチを泊めた程度でガタガタ言うもんじゃねぇし、あいつらが楽しくやってんなら俺も気楽だ」


 最近のあいつらは、いつも二人で訓練ばかりだった。友達と遊ぶことなど、知る限りでは一度としてなかったはずだ。いい傾向なのかもしれない。


「よっしゃ、俺も大いに楽しみに行くとするか」


 より一層の気合を高めると、再び深夜の本気ダッシュを開始した。

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