気の利いた報酬
リエージュ・シャトレもこれで最後だ。娼館から大神殿に向かいながら、ゆっくりと歩いて街並みを見ておく。
歓楽街の周辺は雑然とした雰囲気があるが、そこから離れると白を基調とし、整然とした街並みが続く。
綺麗に掃除された美しい街だ。建物だけではなく、石畳の通路まで磨かれているのではないかと思ってしまう。
しかし、こうまで白くて綺麗だと、不思議と汚したくなる衝動に駆られる。さすがに実行はできないが、近所に落書きする悪ガキはいないのだろうか?
どうもいいことを考えながら歩いていると、目的地が近づいてきた。
大神殿に戻るのは、魔神討伐の日以来だ。なんだかずいぶんと久しぶりな感じだ。
神殿の敷地に入ると先に帰した青年が待っていて、そのまま応接室に案内してくれた。
「おう、久しぶり……だな」
数日ぶりに顔を合わせた巫女とニコーレからは、どこか白い目で見られているような気がする。気のせいだろか。
「久しぶりですね、トオル様。まさかこちらからお呼びするまで、一度も戻らないとは思いませんでした」
「大門様は公式にお招きしている貴賓なのですよ? お忘れですか?」
白い目で見るどころか、普通に怒っているようだ。
「悪い悪い。しかし、カテリーナ様よ、俺が神殿の宿舎でずっと寝て起きていたとしてだ。何も問題が起きなかったと思うか?」
夜の接待はなく、神殿の敷地から出てはいけないなどと言われていたら、必ず問題を起こしていただろう。普通に抜け出すか、さもなければ神殿のなかで夜這いをかけるしかなくなるのだ。
せめて明るいうちは神殿にいろということかもしれないが、俺のような輩が神聖な場所にいるのも良くない。自分で言うのもなんだが、清廉な連中のなかにいては悪影響しかないだろうしな。
「それは、そうですが……」
理解が進んでいるようで喜ばしいことだ。
「特に、ニコーレ。神殿にとどめおくと言うなら、俺は必ずお前を襲いに行く。絶対にだ」
「自信満々に言わないでください!」
三人だけの場合には、ずいぶんと堅苦しさがなくなった。短い交流だったが、今後とも良い関係が続けられそうだ。
「それより、呼んだのは報酬の件だろ? できたのか?」
「あ、そうですね。念のために試着なさってみてください」
大神殿の巫女様御用達の店が作っているらしいし、採寸からきちんとしているのだから問題ないと思うが、やれというならやるしかない。遠慮など無用だろうしな。
二人に促されて隣の部屋に行くと、衣装係なのかおばさんが三人ばかり控えていて、一枚ずつ服を差し出されては試着していった。
てっきり上下を一枚ずつと思い込んでいたが、一揃いどころではなかった。
まずは黒系で少しずつ色味を変えたブーツが三足。魔法の産物らしく羽のように軽量の割に極めて頑丈、ついでに通気性に優れ、水にも強いらしい。そのほかについても耐久性は抜群とのこと。おばさんたちが、いかに優れた品物なのかを力説していた。
続けてズボンだ。どれも暗色系の長ズボンで、一見すると高級感はあるが普通の布製。サイズはちょうどよく、軽量で履き心地も抜群だが、ブーツほどのインパクトはない。しかし聞いてみれば、これも耐火耐水耐電防刃を備えた優れものらしい。しかも夏用と冬用で三枚ずつある。至れり尽くせりだ。
上に着るシャツもズボンと同じだ。機能は同等で夏用と冬用がある。しかも冬用には防寒着まであった。
さすがに下着までは用意されていなかったが、代わりに手袋と帽子があった。使わなそうだが、せっかくだからもらっておく。
肝心の拳闘無比の発動だが、防寒着まで着てしまうとさすがに能力はかなり弱まる。
だが、靴、ズボン、シャツ、これの着用までなら発動自体は問題ない。なんの機能もない普通の服よりは、少しだけ違和感があるが、それでも能力の発動は可能なようだ。これなら通常の魔物とは心置きなく戦える。十分に使えそうだ。
全ての試着を問題なく済ませると、応接室に戻る。
「カテリーナ様、終わったぜ。あんなにもらって良かったのか?」
「魔法付与の服はそれなりの高級品になりますが、それでもまだ魔神討伐の報酬には見合っていないと思います。こちらもどうぞ」
少しだけ含むような感じから、報酬には名誉を譲るという件も含まれているようだ。俺が遊んでいる間に女教皇から話を聞いているのだろう。
テーブルの上にあった箱から取り出し、差し出されたのはポーチだ。
受け取って中を開けると、小瓶がいくつか入っていた。
「こいつは?」
「神殿特製の秘薬です。ちょっとしたお怪我でしたら、問題なく完治できます。勇者様は生命魔法をお持ちでいらっしゃる方も多く、各国騎士団にも回復魔法の使い手はそれなりにいます。しかしトオル様は回復の手段をお持ちではないので、万が一のためにこちらを用意させました」
なるほど。極致耐性は凄まじい防御性能があるが、対魔神戦では怪我も十分にあり得る。こういうのはありがたいな。
総じて良く気が利いている。王国のように金と名誉などを寄越そうとするよりも、余程ありがたい。一つ一つにどれほどの価値があるのかは分からないが、ケチなことはしていないと思えるし、単純に使えるものばかりでありがたい。
「助かる。かなりいいものなんだろ?」
「それはもう。嫌らしい話ですが、秘薬は一本あたり大金貨三枚以上しますね」
一本で三百万円相当は、気軽には使えないな。それにしても、ずいぶんとぶっちゃける巫女だ。
「魔法の服も神殿の司祭以上が身に着ける特注品ですので、一着当たりの価格は相応に高価です。これについては具体的には言えませんが、シャツ一枚でもびっくりするような値段ですね」
「そ、そうか。なんか悪いな」
俺の反応が想定より薄いのか、急にアピールし始めたな。別に安物だと疑っているわけではないのだが。
この後もしばらく巫女の話を聞き続け、さらに晩餐を共にして、翌日の出立までは神殿で休むことになった。




