教国の勇者【Others Side】
空飛ぶ魔神との決戦が終わり、女教皇の勇者は安堵していました。
巫女によって刑死者の勇者が送り込まれてきたのは、想定よりもかなり早いタイミングでしたが、それによって結果的には助けられました。
聖堂騎士は奮闘していましたが、魔神の尋常ならざる耐久力と攻撃によって徐々に削られ、非常に危険な状態であり、あのままでは撤退を選択せざるを得ませんでした。さらには撤退が可能であったかも未知数です。
女教皇の勇者の特殊能力として、彼女を信じ目的を同じくする者に力を与える魔法がありましたが、実はその魔法の力を引き上げることによって起こす切り札もありました。
撤退か、切り札かの二択だったのですが、切り札は本当にいざというと時にしか使えないものです。今のまだ不安定な立場では使いにくいという事情も考慮しなければならず、今日の状況では選択できないものだったのです。
身分の高い騎士が傍で陣頭指揮を執るのをなんとはなしに聴きながら、女教皇の勇者はこれまでのこと、そしてこれからのことも考えました。
女教皇の勇者は望まれてリエージュ・シャトレ教国へと行きましたが、新参者である彼女には権力基盤などあるはずもなく、後ろ盾となってくれる勢力もありません。個人的な協力者はいましたが、それはあくまでも個人であり、大きな勢力とまではいきませんでした。承知の上であったとしても、もどかしい日々を過ごすことになりました。
当初、女教皇の勇者は国内の政治状況によって、単なるお飾り以上の存在意義はないものでした。少なくとも多数の為政者たちにとってはそうなる予定でした。しかし魔神出現によって状況は一気に動きます。
そして今となっては、まったく異なる未来が拓けています。
聖堂騎士の支持を取り付け、なにより魔神討伐の実績を積み上げたのが非常に大きいです。刑死者の勇者の力添えを得ていたとはいえ、止めを刺したのは女教皇の加護を受けた聖堂騎士なのです。その事実は揺らぎません。
一部の聖堂騎士からは熱烈な支持を受けていた女教皇の勇者でしたが、その支持が聖堂騎士全体へと広がるのは時間の問題と思われます。軍事力としての武力の後ろ盾が間違いなく女教皇のものとなるのです。
大神殿は国内で大きな勢力ですが、これもトップの巫女が女教皇に協力的であることから問題にはなりません。魔神討伐の実績もあって、巫女は更なる協力を惜しまないようになるでしょうし、巫女派でありながら懐疑的だった者たちも追随することはほぼ間違いありません。
リエージュ・シャトレ教国において、大きな勢力である聖堂騎士と大神殿がバックに付くことになります。
当然ながら大神殿には巫女派以外の派閥もありますし、聖堂騎士も一枚岩でありません。それに貴族派や国政の実務を行う者たちの勢力も無視できない存在ではあります。様々な考え方や思惑があり、すべてを掌握するのは不可能ですが、国民からの支持は絶大なものになると簡単に予測できます。女教皇の勇者は単なるお飾りとしての存在を完全に脱することができるでしょう。
魔神討伐という大戦果をもって、女教皇の勇者は一定以上の支持を集め、さらには実権を振るうことが可能になるということです。
今回の戦いでは、兵力が千人程度でも魔神と惜しい戦いはできていたと評価できます。それが五千、一万と兵力さえ整えられれば、魔神討伐は十分に可能であると判断できました。客観的にある程度の犠牲さえ覚悟すれば、刑死者の勇者の助力を得なくても偉業の達成はできると思われます。
重要な点として女教皇の勇者の加護を与える特殊能力は、個々人ではなく範囲に対して影響を与える魔法であり、その範囲内であれば人数の違いによる消耗の差はありません。戦場の範囲を限定できれば、交代で兵を入れ替えるなど対応が可能ですので、特殊能力の行使と消耗には問題が生じないのです。
全ての魔神を打倒し元の世界への帰還を目的とする女教皇の勇者は、積極的に魔神を倒すべく行動を起こす思惑があります。少なくともリエージュ・シャトレ教国内において、魔神討伐には果断な行動が起こされることになるでしょう。
刑死者の勇者を擁するバルディア王国、そして女教皇の勇者を擁するリエージュ・シャトレ教国は、実績のある頼れる戦力を保持していることになります。魔神や指定災害クラスの魔物が跋扈する昨今、他の国々はいかなる行動に出るのでしょうか。そして今現在、危機に陥っている国がないと、どうして言えましょうか。
さて、教国において魔神が倒された時、同国内にいるはずの他の勇者はどうしていたのでしょうか。
恋人の勇者、そして運命の輪の勇者のことです。
戦場にいなかった二人の勇者ですので、もちろん戦いにはノータッチです。
まず運命の輪の勇者がどうしていたのかといえば、戦場で起こるその運命の行く末を見守っていました。
そうです。特殊能力によって遠く離れた地より、ただ見守っていただけです。それこそが自身の役割と信じ、見守ることに徹していたのです。
実際に戦場に立つ者からしてみれば、何の役にも立たない勇者と非難するでしょう。しかし運命の輪の勇者にも言い分があり、それを忠実に実行しているだけなのです。世の中、あるいは誰かの役に立つ日がくるのかこないのか。今のところは誰にも分かりません。
一方の恋人の勇者は良い男と出会うため、などという緊張感の欠片もない理由で教国にやってきましたが、早くも良い男探しに飽きていました。見目の良い男女が多いと噂のリエージュ・シャトレでしたが、理想と現実のギャップ、個人の趣味の問題もあって、なかなか上手くはいきませんでした。
果たして恋人の勇者が理想に出会える日はやってくるのか、勇者として活躍する日はやってくるのか。前者はともかく、今のところ後者の見込みは薄そうです。




