空の脅威
まるで飛行機のような速度と真っ直ぐな軌道で接近する魔物はどこからやってくるのか。決まっている。
「空か!?」
現れたのは鳥だ。それほど高くはない山の頂から鳥が姿を見せると、斜面をまるで滑降するかのような軌道で襲いくる。
地面を走り回るニワトリと同じように色は赤だが、翼を広げた姿は比較にならないほど大きく、ゆうに十メートルは超えるだろう。緑の山に鮮やかな赤は毒々しいほどに目立ち、さらに極彩色のトサカまで生えている。派手な魔物だ。
鳥は滑るように迫ると、着地はせずに空中で翼を大きくはためかせ、その場に留まった。
翼から生じた暴風によって、多数の重装備の騎士が薙ぎ払われてしまう。渦巻く風によって転倒を免れた者でも、その場で耐えるのが精いっぱいのようだ。
ついでにニワトリも一緒に吹っ飛ばされてダメージを受けているらしく、聖堂騎士がニワトリに襲われる心配は少なそうだ。
しかしたった一度、羽を動かしただけであの威力だ。何か魔法的な力も合わさっているのかもしれないが、あれで終わりでもないだろう。
風を起こした後で舞い上がり、今は上空を優雅に旋回している。
そのまま徐々に遠ざかるが、まさかこのままいなくなるとも思えない。この隙に倒れた騎士たちが身を起こしている。
体勢を立て直すのを待っていわけでもないだろうに、鳥は余裕綽々のタイミングで遥か上空から攻撃を繰り出した。魔法だ。
遠目からで魔法に詳しくない俺では何が起こっているのかよく分からない。だが、守りを固めた騎士には通用していないように見える。降り注ぐ何らかの魔法をバリアのような魔法の防護で耐えているらしい。
すると赤い鳥は効果がないことを理解したのか、今度は高度を下げ、広い道の上を低空飛行で騎士に迫り始める。
前方に向けて防御体制を敷く聖堂騎士。
盾を構えて密集し、さっきまで使っていた魔法の盾まで多重展開されているようだ。
大型でも普通の魔物程度の突進なら跳ね返しそうな防御だが、あの鳥には果たしてどうか。
しかし激突の結果を見ることはなかった。
赤い鳥はぶつかる手前で急ブレーキをかけると、大口を開いて魔法らしきブレスを放った。
その体の色合いから炎系統の魔法を使うのかと思いきや、逆に冷気を武器に使うらしい。上空から吐き散らしていたのはこの冷気だったようだが、距離が近いと見るからに寒々しい凍てつくブレスだ。
盾を構えた騎士の先頭集団は見る見るうちに丸ごと凍り付き、氷の塊のようになってしまった。それでも多重に展開した魔法の盾のお陰もあって、被害者数は抑えられているらしい。
あの攻撃だけでも強力な魔物というのは理解できる。同じ色をしたニワトリの群れは眷属なのだろうし、総合的に考えてあれは魔神で間違いないだろう。
聖堂騎士では分が悪いと思うが、まだ奴らの戦意は衰えていない。大したものだ。
すると気合の雄叫びを上げる騎士をさらなる力が包み込む。また女教皇の仕業か。今度は冷気への耐性でも付与したのだろうか。
またもや上空に舞い上がった赤い鳥は、今度は真上から垂直に落下、大口を開けていることからまた冷気のブレスを使う気だろう。
対する聖堂騎士に取れる手はほとんどない。同じように防御を固めるのみ。
凍てつくブレス攻撃によって、再び凍り付いた騎士が出来上がったが、ここからが違った。
低空にいる赤い鳥に向かって、一斉に槍が投擲されたのだ。
防御役を囮にするかのような攻撃だが、これが凄まじい。まるで勇者の馬鹿力を伴ったかのような攻撃だ。
下方から上方に向かう流星のような投擲は、赤い鳥の羽毛に大部分が弾かれてしまったが、一部は損傷を与えている。犠牲を出しながらも魔神に対して確実なダメージを与えている。能力の底上げを実現する女教皇の魔法と、恐れることなく魔神に立ち向かう聖堂騎士の面目躍如だ。遠目からでも分かる凄まじい気迫。ひょっとしたら俺の出番はないかもしれない。
魔神の冷気や氷を使った攻撃、羽による暴風や突進の都度、防御役の犠牲を払いながらも聖堂騎士は少しずつ魔神にダメージを与えていく。
この間には眷属のニワトリも参戦し、騎士は分散して対応していたが、最初に見た時よりもかなり有利に戦闘を進めていた。見た感じとしては力も速度もニワトリに対して聖堂騎士が優勢だ。これは女教皇の加護の力が上昇しているからだろう。
女教皇の勇者のサポート能力は驚異的だ。だからこそ何か条件があるのではないかと思うが、あれなら魔神はともかく第二種指定災害までなら対処できる。
しかし、しかしだ。魔神は尋常な存在ではないからこその魔神。攻撃能力も恐ろしいが、特に耐久力が並外れている。その防御能力と体力の高さが討伐の難しさとなっているはずだ。グシオンの親玉は特にそうだった。赤い鳥があれと同じとは限らないが、持久戦は覚悟すべきだろう。
聖堂騎士が犠牲を払いながら繰り出す攻撃にも魔神が弱る様子はない。確かにダメージは与えているのだが、決定打が、持続力が、まったく足りていない。
このまま少しずつでも削っていければ、いつかは倒せる。その前に逃げられる可能性もあるが、最後まで戦えるとしたならきっと聖堂騎士だけでも魔神を討伐することはできそうな気がする。
だが、この場においては人数が足りない。
犠牲を出しながら攻撃を繰り返したのでは、やがて人数が足りなくなる。魔神が倒れるのが先か、騎士が全滅するのが先か。
結果は明らかだ。聖堂騎士が千人では足りない。このままのペースでは倒すことは不可能だと断言できる。ジリ貧だ。
出番がないならそれはそれでいいと思っていたが、そうもいかないようだ。そろそろ働こう。
だが、俺には致命的な欠点がある。
「飛ばれると、どうしようもねぇな……」
なにせ殴るしか能がないのが俺だ。空を飛ぶ相手など、相性が悪すぎる。




