進む特殊能力の解明
巫女は立場上、様々な人物と会談などを行っているからか話が上手い。
俺のような風体の男など普段は接点もないだろうに、しかし物怖じすることなく、そして不快感もまったく見せず楽しそうに話す。だからついつい調子に乗ってこっちも色々と話してしまうのだ。
バルディア王国での現在の生活や、これまでの経験など、巫女のカテリーナに求められるままに色々と万遍なく、遠慮なく差し込まれる疑問に答えながら時が過ぎる。
勇者として召喚されてからだけでなく、前の世界のことまで含めて多くのことを質問され、できる範囲で答えた。その辺のことは普通に気になるところだろうし、別に秘密にしていることなど特にない。
むしろ大神殿の巫女ともなれば、勇者の動向などある程度は調べがついていると思われる。その確認をしつつ、前の世界の情報と俺が得た特殊能力の関連性についての検証がしたかったような印象を受けた。単なる雑談とは違う、知的探求心の表れなのだろう。
そして巫女は相手の特殊能力がある程度まで看破できる能力を持っているらしい。それによって俺の能力も全てとはいかないが見抜かれてしまった。そうであれば隠し立てするよりも、全てを話して助言を得たほうが有効と判断する。巫女の知識量はかなり豊富だ。そんなわけで、色々と語って聞かせてしまった。
「カテリーナ様、なにか分かりそうか?」
色々と語る中で面倒になって、早くも丁寧語はやめてしまった。ニコーレの手前、名前に様付けだけは維持する。
「トオル様の特殊能力は、分かり易いほどに前世界でのご経験を踏襲されていますね。拳闘無比、逐電亡匿、極致耐性、どれも過酷なご経験がそのままに能力となっているようです」
たしかに分かり易い。
初期に芽を摘まれてしまったが一時は将来を嘱望された元プロボクサーであり、借金取りからの苛烈な追い込みに対する数か月に及ぶ逃亡生活、長い時間と様々な手段をもって行われた拷問による瀕死、それを経ての勇者召喚だ。
ほかの勇者とは経験の密度が圧倒的に違うはずだ。強さの違いの理由はやはりそれが大きいか。
「その、トオル様の身に起こった惨事には少々驚いてしまいましたが、それほど濃密なご経験を経たうえでの特殊能力の獲得というのは、ほかの勇者様にはない素養なのでしょう。能力の数が少ない理由は不明ですが、能力の強さについてはそれで説明できると思います。ただ、気になるのはもう一つの能力、呪詛ですね。これにもトオル様の強さの秘密があるような気がしてなりません」
それだ。残された最後の『呪詛』について知りたかった。
「呪詛ってのは魔法じゃなさそうなのか? 魔法じゃないとすると、俺は魔法を一切使えないということになるんだが……」
ほかの勇者は最低でも三種の魔法を使えると聞く。まさか俺だけ一つも使えないというのか?
「おそらく魔法とは違います。私の推測では、極致耐性と同じように常に発動されている能力なのではないかと」
「常に? どういうことだ。使ってる感覚はまったくないけどな」
「極致耐性も同じではないですか? 発動になにか意識されていますか?」
「いや、意識したことはない。耐性系の能力はそういうもんだと思っていたが、まさか呪詛もそうなのか?」
これまで極致耐性の発動を意識したことはない。強力な防御が常に働いているようなものだと理解している。
だが呪詛は耐性とは違うだろう。その名称で耐性系の能力だったら驚く。
「気になっていたのですが、トオル様の特殊能力は強さとは別に酷く使いにくいように思われます。拳闘無比には厳しいルールがあり、逐電亡匿にはあまりにも単純な視認されてはいけない制約と激しい消耗があるとのことでしたね?」
「そうだ。拳闘無比はルールを破れば能力の発動が切れるし、逐電亡匿は詳細に探ろうとすればするほど激しく消耗する。慣れれば曖昧な状態でも使えるから問題には感じないがな」
前から思っていたことだが、ほかの勇者には厳しい制限やらはほとんどないのだとか。もちろん力を使えば消耗はするが、疲労として現れるのは何度も使ってからの話だ。
だが逐電亡匿は精密に対象を探ろうとすれば、即座に疲労に追い込まれてしまう。
例えば、普段は周囲の生命反応を見るという括りでしか能力を使っていない。ここから魔物と人間の区別をしようとすれば疲労の段階は少し上がる。魔物の形まで探ろうとすればさらに疲れるし、周囲の地形まで把握しようとすればまた疲労の段階は上がる。
対象が単体であり範囲が狭ければ疲労はそれほどでもないが、対象が複数で範囲も広ければ、相応に疲労は跳ね上がる。
薄く曖昧な状態でも有用だからそれで事足りているが、たしかに完全な能力の発揮には程遠い。
「私の知る限りでは、『禁制の鎖』という特殊能力があります。非常に珍しいのですが、それは自分自身を縛ることによって特定の行動が制限される代わりに、別の能力を飛躍的に伸ばすというものでした。トオル様の呪詛と禁制の鎖が同じとは限りませんが、似たような能力なのではないかと思えます」
「……鎖、か」
自分を縛る鎖をイメージすると同時に、初めてなにかを感じた。
決して解くことのできない、強固な鎖。自分自身を縛るなどというものではなく、強制的に縛られ締め付けられるような、どう足掻いても逃れることのできない束縛。もちろん肉体ではなく精神を絡め捕る概念のようなものだが、今なら不思議とそれが分かる。
そして束縛の代償として力を得ていることも理解できる、ような気がする。あれだ、ホースの先をつまめば水は勢いを増す。それと似たようなものなのだと思える。
「……さすがだぜ、カテリーナ様。それで正解だ」
ひょっとしたら巫女のなにがしかの能力のお陰かもしれない。気づきを得るには切っ掛けが必要だが、こうもあっさり判明するとは。
「もう感じられるようになったのですか?」
「ああ。ギチギチに縛られてやがる。ほとんど呪いだな、これは」
我ながら今までよくもこんな呪いに気付かずいられたものだと感心する。色々な制限は面倒だと思っていたが、これがあるからこその強さと思えば頼もしくも感じられる。
「もっと詳しく教えていただけますか?」
研究者のようにメモを取りながら聴取される。
しかしずっと謎だった能力が明らかになったのは良かった。巫女には借りができてしまったな。
呪詛。まさか力と引き換えに、俺自身を縛る呪いだったとは。
だが、ほかにもまだ何かある気はする。それは追々、探っていこう。




