波及する褒賞
昨日は遊んだあとで騎士団の詰め所に行ってみたが、団長も副団長も不在。王宮では面倒事の気配もあって、さっさと帰ってしまった。
しかし面倒事というのは、逃げても追いかけてくるものらしい。
昼下がりに庭の温室、その残骸のような場所で昼寝を決め込んでいると訪問者があった。
聞き覚えのある声に応じて玄関に行くと挨拶を交わす。
「大門殿、またご活躍されましたね。しかも今回は特別です」
「おう、マクスウェル。今日はその件か?」
騎士団の奴に報告はしたはずだが、まだ不足でもあったのだろうか。
「私が直接に色々とお聞きしてみたいというのはありますが、今回は別件がメインですね。いま、よろしいですか?」
「いいぜ、入れよ」
いつもキョウカとシノブが掃除をしてくれるおかげで、そこそこは見れるようになったリビングに行く。いい加減に窓くらいは、そろそろ修理するか。窓なしの生活に慣れてしまっていることに我ながら感心する。
窓もないし玄関扉もないままだが、慣れというのは凄いものだ。俺はともかく、同居人も最近は文句を言わないからな。
客人を迎えるためのドリンクとつまみを用意してやると、さっそく用件を話すようにうながした。
「実は新しく依頼したい仕事があるのですが、その前にまずは先日の第一種指定災害討伐にかかる褒賞からお話ししましょう」
「金と女だったな。それで?」
話していた報酬はこれだ。
十億円相当にもなる大金貨一千枚と、貴族向けの高級娼婦を呼ぶ権利、もしくは高級娼館を使う権利。これにプラスアルファも考えておくという話だった。
「最初に大金貨一千枚ですが、今夜にでも届けさせます。もちろん大門殿の予定がよろしければですが、合わせて大型の金庫も設置させていただく予定です。これだけの大金ですので、まさかそのままお渡しするわけにもいきません。それと大金貨ですと一般の商店では使いにくいと思いますので、ある程度は小金貨や銀貨などに崩した状態にしておきました。ただ、こうすると枚数も単純に増えますので、保管にも負担が多くなってしまいます。金庫は設置されたほうが良いかと思いまして」
大金貨は一枚で百万円相当にもなる。千円の物を買ったとして、一般の店では釣りが出せないだろう。たしかに使えない。
それだけ大量の金貨銀貨となれば、今やっているようにベッドの下や棚に隠しておくのも無理だ。金庫はありがたいな。
さすがはマクスウェルだ。なかなか気が利いている。
「助かるぜ、それで頼む。今日はずっと家にいるようにするから、いつきてもらってもいいぜ。それと女のほうはどうだった?」
金も大事だが、こっちのほうが気になる。
「それなのですが、貴族向けの娼館がありました。私のような小者ではとても利用できない高位貴族向けのものでしたが……」
「やっぱりな。そいつを使えるようにしてくれたのか?」
「はい、大門殿であれば歓迎したいということでした。ただ、利用料に関してはそれなりということでしたが」
「そのくらい余裕だ。なんせ大金貨一千枚が付いてくんだからな。さすがに余裕だろ?」
「聞いてみたところ、一度の利用で小金貨一枚にプラスしてチップというのが相場だそうです」
小金貨は一枚で十万円相当だ。これに加えてチップとなれば、たしかにかなりの高額。だがその分、期待もできる。さらには一律料金ではなく、どうせ女によって値段が上下するのだろう。そういうところの開拓も楽しそうだ。
「こちらをどうぞ。このコインが利用権になっているようで、示せば店に入れるそうです。場所なのですが……」
手渡されたのは通貨とは異なる形のコインだ。普通に金で出来ているようで、これだけでも値打ちがありそうだ。
「分かった。こんなところか。これだけじゃ褒美として不足とかって話だったが、俺としてはもう十分だぞ」
「その事なのですが、やはり第一種指定災害の討伐と全ての素材引き渡しの対価としては、いささか少ないです。上とも話したのですが、私のほうである程度決めてしまっても良いでしょうか?」
「まぁ面倒な話じゃなけりゃ、なんだっていいけどよ」
「では換金性の高い物品はどうでしょう。金貨はこれ以上、引き出せませんが宝飾品などは別です。ご自身で身に着けられても良いですし、プレゼントや換金に回してしまっても問題ありませんので」
そういうことか。金はダメでも金に換えられるものなら良かったのか。だったら文句はなにもない。
「全部、お前に任せるさ。あとから文句は言わねぇ」
いい提案だ。マクスウェルには必ず礼をしなければならないな。
「ではそのように取り計らいます。ちなみに申し上げた褒賞とは別に、魔神やグシオンについての褒賞の話も上がってくるはずです。そちらも考えておいてください」
当然、そっちの報酬も必要だ。ただ働きなどありえない。
「まぁ高級娼館の利用が叶った以上は、あとはまた金くらいなんだがな。それと換金できるブツしか欲しいと思う物はないが……ああ、そういやほかの勇者もいたからな。あいつらと褒美は折半でもいい」
この際だ、巻き込んでしまえ。
「ほかにも何人かいただろ? 全員での功績ってことにしとけってのが俺からの提案だ。片付けたのはほぼ俺だが、あいつらだって何もしてないわけじゃねぇ。それにそっちのほうが都合のいいこともあるだろうし、その辺は適当に考えてくれ。あとこいつはマクスウェル、お前が俺から引き出したことにしていいぜ。ほかの奴の活躍を認めさせたってな。なんだかんだと理屈をつけて膨らませればいい」
活躍の度合いを譲ることになるが、一人だけ目立ち過ぎるのを避けられるメリットがある。
不可ならそれでもいいし、使えるなら好きなようにしてもらって構わない。俺だけが活躍したというよりも、複数の勇者が大々的に活躍したというほうが、政治的にも都合がいいように思える。
育てている騎士団やそのほかにも勇者を世話している部署はたくさんあるだろう。それらと無関係な俺だけが活躍したとあっては、そいつらの面目が立たない。一応はグシオン討伐については、ほかの勇者どもも少しは活躍しているので完全な嘘ではない。少々膨らませたところで問題ないだろう。
どう解釈し、どう利用するかしないか知らないが、こっちとしてはどう利用してもらっても構わないということだ。
持ちつ持たれつやっていこうぜという、俺から王国へのメッセージでもある。これを引き出したマクスウェルにも金一封や出世に繋がる芽くらいは出るだろう。実際にいつも良くしてくれるマクスウェルでなければ、俺もここまで都合の良いことを言ったりはしない。
実際のところ、大きな活躍というのは多数の功績にするのがいいと思える。勇者だけではなく騎士も前線に立っているのだし、支援してきた人々や部署だってある。
事は魔神の討伐なのだ。刑死者の勇者があっさりと倒してしまったとなれば面白く思わない奴はきっと多い。関連する全員の活躍があってこそ、というほうが盛り上がる。もちろん真相を知る上と当人たちは、より一層の努力をしなければならないが。
「それは……少し検討させてください。私の一存では難しいところもありますので……」
「俺とお前の仲だ。良くして貰ってる俺からの礼と思ってくれていい。都合よく解釈して、都合良く利用すればいい。お前なら俺がどこまで許すかってのも大体想像つくだろ?」
「……ありがたく。ただ、色々と難しい問題もあるかと思いますので、やはり上とは相談しなければならないですね。私が引き出したと言う事にさせてもらえるだけでも、凄いことですよ」
「お前のような役人にも得がないとな。それで、新しい仕事の話ってのは?」
むしろ褒美よりも仕事の話のほうが本題のはずだ。




