月と正義【Others Side】
委員長っぽい男子からの告白を問答無用と斬り捨てた正義の勇者は、王宮を抜け出してさらには王都の街まで抜け出してしまいました。
街の外にも人の往来はありますが、静かな空間をとぼとぼと目的もなく歩いていると冷静さも戻ってきます。
「はぁ~、なにしてんの……」
一世一代の男の告白を無残に斬り捨てたことには、多少の罪悪感を覚えるようです。ただ単に断るのとは違い、八つ当たりのようにしてしまったので、その思いも強くなります。
しかし、委員長っぽい女子のほうとしては少年には特に恋心を抱いてはいませんでしたので、通常の精神状態であっても少なくとも現時点ではお断りしていたことになるでしょう。気軽に男女交際を受け入れられる少女ではありません。
気まずい思いがいくつも重なり、気が付けば王都の外に出てきてしまったのです。
そのままなんとはなしに人目を避けたくなり、街道から外れると林のほうに向かいました。
一人になりたいと思い歩いていた正義の勇者でしたが、なかなか一人きりになれる空間というのもありません。残念ながら街道から遠く外れた林にも先客がいました。
その先客は木に向ってひたすら弓矢を射っていて、規則的に突き立つ音がどこかささくれ立った心を癒すようにも思えました。正義の勇者は音に誘われるようにして、近づいていきます。
こっそりと姿を覗き見ると、どこか見覚えのある後ろ姿がありました。
「誰っ!?」
覗き見られていたのもまた少女です。彼女は弓矢を構える方向を変えると誰何しました。
「あなた、十六夜さん?」
「そういうあんたは……天理じゃん。なにやってんのよ、こんなとこで」
月の勇者こと十六夜キョウカは弓を下すと怪訝な顔をしました。
「なにって、音が聞こえたから……」
「そういうことじゃない。そんな暗い顔して、あんたらしくもない。いっつも生意気な感じだったくせに」
「あなたに生意気なんて言われたくないわね」
なんでもないやりとりですが、いつもの調子を取り戻しつつある委員長っぽい女子でした。
「ふんっ、それよりさ。あんた、トオルと一緒に魔神を倒したってホント?」
「私はほとんど見ていただけだけどね。トオル? 刑死者の勇者が一人で倒したようなものよ。そういえばあなた、あの人の所にいるんじゃなかった?」
「シノブも一緒だけどね。それより魔神のこと教えなさいよ」
「いいけど、あの人についても教えて。どんな人なの?」
多数の第二種指定災害や魔神を前にしても、微塵の恐れもなく立ち向かうことができるのは勇者の中でも彼だけでしょう。正義の勇者は気にせずにいられません。
「どんなって、あいつは変態よ、変態。変態のろくでなし。普通にセクハラしてくるし、裸でうろつくし、しょっちゅう夜遊びして朝帰りするし、食事も洗濯も掃除もあたしらにやらせるし……」
容赦なく並べ立てる悪口を正義の勇者は呆れながら聞きます。勇者らしいところなど、一つたりとも聞こえてきません。
しかし真実とも思えました。彼女は短い時間の思い出として、彼が平然と裸を晒す様子や、勝手に抱きかかえて足を撫で繰り回したり、受け入れがたい口説き文句を聞かされたりと、セクハラを受けまくっていたのですから。
「……たしかに、そういう男だったわね」
「は? あんた、あいつになんかされたわけ? っていうか、そのせいで暗い顔してたとか? あいつ……」
酷い誤解が生じようとしていました。委員長っぽい女子が憂鬱な気持ちになっていたことと、刑死者の勇者はなんの関係もありません。
「そうじゃないわ。あの人は関係ないんだけど……ちょっと話に付き合ってくれる?」
「別にいいけど……なんか、あんた馴れ馴れしくなってない? あたしとあんた、仲良かったっけ?」
「少しくらいいいでしょ? いいから付き合いなさいよ」
ギャルと委員長。以前は決して気安く話をするような仲ではありませんでした。しかし、正義の勇者は王宮での事件を知らない月の勇者に対して、むしろ気安い思いを抱いていました。
空気を読まずに愛の告白を受けてしまった苛立ちも含め誰かに話したかったというのもあって、ここに新たな友情が生まれようとしていました。
順を追って、谷での第四種指定災害にまで発展したゴブリンの討伐、その後に現れた多数のグシオン、刑死者の勇者との出会いと魔神討伐。そしてまだ間もない悪魔の勇者の愚行と少年の告白。正義の勇者の口からは、堰を切ったように愚痴交じりの話が続けられました。
月の勇者は相槌を打ちながら聞き続けます。彼女が知る正義の勇者とは、肩ひじ張った不必要なほどに真面目で、常に気を張っている面倒な女でした。自分に厳しいだけなら文句はなかったのですが、他人にまで厳しいとあってとにかく鬱陶しく思ったものです。それが今はまったく違います。友達のように気軽に色々なことを話してくるではないですか。
相容れないと思っていた相手から、非常にセンシティブな話まで赤裸々にされては、親近感を抱かずにはいられません。愚痴と悩みを聞き届けると、一つの提案をしたのでした。
「……というわけなのよ。なんだか居辛くて」
「ふーん、だったらさ。あんたもあたしらと同じようにすればいいじゃん」
「同じようにって、どういうこと?」
「トオルの家さ、まだたくさん部屋が余ってんのよ」
家主の与り知らぬところで、話が進み始めていました。




