幻影魔法の使い道
夜の店に期間限定の彼女となったロージーを送り届けると、晩メシ前にはなんとか屋敷に戻ってこれた。
移動が面倒だから、ナンパ野郎の件を解決できるまでは王都で寝泊まりするのがいいかもしれない。
山道を登って門の残骸を抜けると、庭のほうから声が聞こえた。
屋敷には入らず、声のほうに行くと面白い光景が広がっていた。
「やった、また増やせた! まだまだイケるじゃん!」
声の主は恐るべきことに一人ではない。二十人以上のギャルだ。
キョウカの奴が分身の術のような魔法を使って、なにやら訓練中のようだ。
大人数の全部見た目が同じギャルが独立行動する光景は、圧巻であり不気味だ。
……しかし、ロージーを若くしたような容姿が、俺の股間をもぞもぞとさせる。これは本格的に良くないな。色々な意味で非常にマズい。切り替えよう。
「おう、頑張ってんな」
「あ、やっと帰ってきた…………あんた、友達と遊ぶとか言っといて、また女? いい加減にしてよ」
「男の付き合いってのは、そういうもんだ。お前もオトナになれば分かるだろうよ」
女がらみの話はカマをかけているのか、本当にバレているのか判断が難しい。
妙な勘の良さも、こいつの場合にはやけに鋭いからな。こういうのを嫁にする奴ってのは、さぞかし辛い結婚生活になるだろうぜ。
それにしても、多数のギャルから不潔なものでも見るような視線を送られると、なんだか心を抉られるような気になってしまう。
「まぁなんだ、そんなことより、それがお前の得意魔法か?」
「……幻影魔法。これは『夢幻の傀儡』って言って、あたしの得意技」
露骨な話題転換に顔をしかめながらだが、どういう心境か乗ってくれたらしい。
「幻影魔法か。その分身からもなんか風の魔法みたいなのが使えたよな。組み合わせができるとは、すげえもんだ」
「ふふん、まだまだこんなもんじゃないって」
褒めると上機嫌になるのが割とちょろい。
「ところで、全部同じ見た目なんだな。変えたりはできねぇのか?」
「そのくらいできるに決まってるじゃん。見てなさい」
即座に姿が変わることはなく、集中するキョウカ。
すると、一人目がシノブの姿になり、二人目が別の少女の姿に変わる。三人目は、なんと俺の姿に変わった。
「なんだそれ、すげえな! 服まで変えられるのかよ」
「と、当然! ちょっとだけ疲れるけど、このくらい余裕だって」
自分以外の姿をとらせるのはそれなりに負担があるらしいな。だが、他人に姿を変えられるのは強力だ。
例えば、乱戦で敵の姿に偽装すれば、大混乱を生み出すことも可能になる。
もっと数を増やせるようになれば、少数を大群に見せかけることもできるし、普通に戦力としても破格だ。なんというか、勇者の魔法というのはズバ抜けている。
それにしても、姿を変える、か。
「なぁ、キョウカ。それって俺にも掛けられるのか?」
「は? あんたに? なんで?」
「いや、ちょっと気になってな。どうだ、できるか?」
「……できなくはないけど。なにする気?」
キョウカは分身を消すと、腕を組んでこっちを睨む。
めちゃくちゃ怪しいものを見る目つきだ。
面倒だが、こいつに嘘は通用しにくい。疑われるのも余計な詮索もされたくないから、ある程度は話してしまうか。
「はぁ、しょうがねえ。誰にも言うなよ?」
「とりあえず話だけ聞いたげる。でもシノブには全部話すから」
「分かった分かった。実はな、ある女のボディーガードを頼まれてな」
「……女?」
眉間にシワを寄せるな。少し怖いだろうが。
「いや、男友達の関係者のことだ。そいつがナンパ野郎に狙われてるらしくてよ」
「……で? その女にいいところを見せたいって? イケメンに変えてくれって?」
睨む目つきが鋭さを増していきやがる。鬼嫁か、こいつ。
「そうじゃねぇって。もしかしたらナンパ野郎は勇者かもしれねぇんだ」
「は? ありえないから。勇者がナンパとか」
「ありえなくはねぇだろ。それにまだ勇者だと決まったわけじゃねぇ。可能性があるだけだ」
「それで? なんで姿を変えたいわけ?」
分からん奴だな、めんどくせぇ。
「考えてもみろ。今のところは互いに面識はねぇはずだが、この先の魔神退治でいざ共闘しようって時があったとする。その時に顔を合わせることになったら気まずいだろうが。俺は気にしねぇが、相手はそうもいかねぇだろ? しつこいナンパを俺がぶちのめすんだぞ?」
ナンパ野郎が一発で倒したあの悪ガキなら勇者ではないから問題ないが、もし別人の本物の勇者だった場合には、問題があるだろう。
「だから姿を変えて、穏便に済ませられるならそうしたいってだけの話だ」
「……ふーん。怪しいし納得できないことだらけだけど。普通に勇者かもしれない相手に勝てるつもりなのも、なーんかムカつくけど。特別に! 見逃したげる」
俺からしてみればそこまで言われる理由もないし、別に姿を変えなくても、いいと言えばいいのだがな。今さらだが。
勇者と戦うリスクも許容範囲だ。むしろ実力を知る意味でも、一度試してみたい気持ちがある。ヤバそうな場合は、まあなんとかするさ。勇者ならまさか人殺しまではしないだろうしな。
「おう、見逃せ。じゃあ夜にまた出掛けるから、そん時に頼むぜ。そういやシノブはどうした」
「力の使い過ぎで寝てるトコ。うるさくしないでよ」
「特訓もいいが、あんまし無茶すんなよ?」
このあとの晩メシは、キョウカの文句をぐちぐちと聞かされる羽目になった。
夜遊びの内容やらボディーガードの対象やらを根掘り葉掘りと、うるさいのなんの。
シノブがいないと話題を変えられずに追及が続くから参った。せっかくの美味いメシも味が分からなくなっちまう。




