夜遊びは男の嗜み
さてと、そろそろ日も沈むし出掛けるか。
今日はアンドリューが奢ってくれる約束だ。あいつには何度か奢ってもらっているが、安い店に招待されたことはない。
なにせワッシュバーン組直系コロンバス会の親分なのだから、今日もケチなことはしないと期待しておく。
自室から玄関に向かうと、台所からキョウカが姿を見せた。
「おう、今から街に出てくる」
「……友達と飲みに行くんだっけ?」
「まあな。たぶん朝まで帰らん。お前らは早く寝ろよ」
「……ふーん」
なんだ、こいつ。何か言いたいことでもあるようだが、突っ込めば藪から蛇が出そうな気がする。黙っておこう。
「そんじゃな」
「……ちょっと。たまにはさ、あたしも連れて行ってよ」
意外なことを言い出したな。だが男の遊び場に連れて行けるはずもない。
「ああ? なに言ってんだ、無理に決まってんだろ」
「はあ? 無理? なんでよ?」
口を尖らせて拗ねて見せてもダメだ。
「男同士の飲み会だぞ。女がいねぇからこそ、楽しいんだろうが。お前はまだガキだから分からんだろうが、無粋な真似はやめろ」
こういう奴ははっきり言ってやらんと妙な誤解をするからな。厳しい男である俺はビシッと言ってやる。
「……なんか誤魔化してない?」
「……おっと、時間に遅れちまう」
「あ、ちょっと!」
うるせぇ奴だ。さっさと逃げよう。
背中に降り掛かる文句をスルーしながら、山道の石段を十段飛ばしで駆け降りる。
すぐに麓に着くと、馬の世話をするシノブがいた。
「なんだ、エサやりか? 悪いな。そこまで任せちまって」
「いえ、楽しいですから」
最初は騎士団の牧場に預けていた馬だが、近ごろは暇ができたこともあって、敷地の馬小屋を整備することができた。
今では本人の希望もあって、馬の世話は主にシノブにやってもらっている。
「あの……」
「どうした?」
「キョウカちゃんが、その、心配しているので……」
「いったい何を心配するってんだ。大の男の遊びを心配することなんざ、ひとつももねぇだろ」
「そ、そうですよね」
良く分からん奴らだ。心配されるようなことなどないはずが、女遊びを警戒されているであろうことは何となく分かる。
まあ考えてみれば、同居人の男の女癖が悪いとなれば、多少は心配もするか。バレないように遊んでいるはずなんだがな。妙な勘の鋭さは、まだガキでもさすが女はといったところか。
とはいっても俺は女癖が悪いというほどではないし、相手にしているのはほとんどがプロだ。それに加えてキョウカとシノブに手を出す気はない。未来のことまでは分からないが、少なくとも今のところは。
これから先、数年後にもっといい女になっていれば土下座をする可能性もゼロではないが、今はない。ただの同居人か、一応の保護者だ。
お互い、余計なことまで考えるのは無しにしたいところなんだがな。
「……シノブ、悪い。そろそろ時間だ」
「あ、いってらっしゃい」
愛着の湧きつつある自分の馬にまたがると、王都に向かって走らせた。
街に入ると馬屋に寄って、馬を預かってもらう。
この辺のやり取りも結構慣れてきた。
コロンバス会の縄張りに入り、待ち合わせの店の前に行くと、出迎えが待っていた。
派手な見た目の門構えだ。如何にも夜の店という感じがする。
「大門さん、アンドリューさんがお待ちですよ」
「おう、悪い、少し遅れたな」
「今日はいい娘がたくさん揃ってますから。楽しんでいってください」
先導されて入り口をくぐると、ちょっとした通路が伸び、その先にまた扉がある。
扉の前には直立不動で待ち構える厳つい男がいて、意外と丁寧な物腰で扉を開けてくれると、華やかな空間に出た。
少し薄暗いがムーディーな感じのする照明と一方向に並べられた客席。客席の向かいには、大きなステージがあって、今は管楽器を吹き鳴らす男たちが、軽妙な音楽を奏でていた。
どことなく既視感のある店の構造だが、ショーパブやキャバレーのような店なのだろう。
「こっちです」
そのまま客席には向かわず、通路脇にあった階段を上らされる。
上りながら手すり越しにステージと客席の様子を見ると、どうやらステージに視線を送っている客はほぼいないらしい。
演奏やパフォーマンスは見事なものだと思うが、客は全て男だ。
客席には必ず、客をもてなすキャストの女が付く。そっちとの会話と触れ合いが重要なのだから仕方ないが、少しもったいないような気もする。
客の様子を見る限り過激なことをしている奴がいないことから、普通のキャバクラのような感じらしい。
階段を上りきると、そこには下と同じように客席があるが、ソファーもテーブルも照明も絨毯も高級感が違う。
いわゆるVIP席という場所になるのだろう。
細長い空間にはいくつもソファーとテーブルが用意されていたが、今ここに陣取っているのは女を除けばアンドリューだけだった。
「遅いじゃないか、大門さん。女が待ちきれないと言ってうるさいのなんの」
まるで接待だな。いや、接待のつもりなのかもしれないが。
しかし、女たちもさすがはプロのキャストだ。強面の俺に対しても全く動じることがなく、華やかで色っぽい笑顔を浮かべている。ああ、アンドリューの店なら、強面の客には慣れていることもあるか。
「おう、いい女ばかりじゃねぇか。これなら酒にも期待できそうだ」
「一番いいボトルを出させるさ。今日は俺も楽しむつもりだからな、朝まで付き合ってもらうぞ?」
「元よりそのつもりだ」
笑い合いながら席に着くと、さっそくグラスに白ワインを注がれて乾杯となった。




