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悪党面の鬼勇者は、世界を救う対価に金と女を要求します。  作者: 内藤ゲオルグ


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荒んだ勇者【Others Side】

 王都の路地裏、その奥の奥には放棄された建物がいくつもあります。

 廃墟となって久しいある建物では、一人の若者が寝泊まりを繰り返すようになっていました。


 若者は昼を過ぎた時間帯に目を覚ますと、傍らで死んだように眠る女を煩わしく思います。


「……クソがっ、やっぱりあの女だ。あいつが欲しい」


 目当ての女を上手く口説くことができず、腹いせのように代わりに連れ去ってきた女に不満を感じているのです。

 彼は無自覚でしたが、ある少女に思いを寄せていました。その少女に似た女を偶然にも見掛け、どうしても手に入れたいとここ数日はナンパを繰り返していたのですが、成果は芳しくありません。


 強引な手段に訴えることもできましたが、それでは心まで奪えないことは理解しているようです。しかしどうしても手に入れたいという気持ちが込み上げるのを抑えきれませんでした。

 似ているだけの女。所詮は惚れた少女の代わりでしかないのですが、そこまで思い至ることはまだ少年にはできません。


「……ちっ、おい! いつまで寝てやがる!」

「ひっ!?」

「今すぐ出て行かねぇと、ぶっ殺すぞ!」


 顔を酷く腫らし、胸や腹にも内出血の痕の残る女が服をかき集めると、死に物狂いで転げるようにして廃墟を出て行きました。


「……どいつもこいつも。ウザってぇ」


 寝起きの機嫌は最悪のようです。


 イラついているのは、悪魔の勇者と呼ばれる少年でした。

 彼が抱える負の感情は日々積み重なり、現在では勝手に王宮を飛び出し、一人で生活をしています。

 スラムの奥に寝床を定め、誰かれ構わず喧嘩を吹っかけては憂さを晴らす荒みようでしたが、勇者の能力が一般からは並外れているがゆえに問題なく生きていくことができました。


 生きてはいけますが、悪魔の勇者は何もかもが気に入りません。

 己が悪魔と呼ばれること、他の勇者や騎士などが己を認めないこと、己を差し置いて誰かが褒め称えられること、全てに憎悪を感じています。

 自覚はしていませんが、放っておかれていることにも苛立ちを感じているのです。


 特に現在は第一種指定災害が討伐されたという話が市井にまで広がっており、話題はそれで持ちきりです。スラムの奥にいても、その話題は聞こえてくるほどでした。

 楽しそうな人々や戦果を挙げた勇者に、自覚できない嫉妬が燃え上がります。


 手近なところでお祭り騒ぎをする人々に、悪魔の勇者はどうしようもない怒りをぶつけました。


 喧嘩というよりかは一方的な暴力になりますが、それはもう日常茶飯事で、半殺しにするのは当然のようになっています。問題の発覚しにくいスラムでは、勢い余って殺してしまうことさえ珍しくありません。

 腹が減れば市街に出て食料を盗み、路地裏に迷い込んだ旅行者からは気まぐれに荷物を丸ごと奪います。


 性欲が高まれば平然と女を攫って廃墟に連れ込みますし、街の中でも気の向くままに痴漢行為を働いていました。

 惚れた少女の行方は分からず、似た女のナンパが上手くいかない状況にも苛立ちは募ります。


 最低な人間でしたが、誰ともつるむことはなく、一匹狼を貫いてもいます。

 ろくでなしを集めて徒党を組んでもおかしくないような少年でしたが、勇者としての意地が辛うじて残っていました。勇者として期待される働きを全くしない以上、無駄でしかない意地でしたが。



 今日も暇でやることのない悪魔の勇者は、気ままに路地裏を練り歩いています。


「……あの女、月の勇者だったか。どこに行きやがった」


 気になって気になってしょうがない相手は月の勇者と呼ばれる少女でした。逃がしてしまった魚は大きいと思い込んでいます。

 そして似ているだけの女を求めるほどに、彼は渇望しているとも言えるでしょう。


 無自覚な恋はどのような運命を引き寄せるのでしょうか。

 悪魔の勇者は暗い情念を燃やし、逃がしてしまった少女を気付かぬうちに探し求めていました。


 すると女ではなく、生意気そうなウルフカットの少年に目を付けました。


「ちっ、目障りな野郎だ」


 ウルフカットの少年はただ待ち合わせのために立っているだけです。目障りも何もありません。

 悪魔の勇者は、いつものように気に入らない相手に因縁を付けようと近づいていきますが、その前に邪魔者が現れました。


「こらっ、ガキ! コロンバス会のシマで見たことあんぞ、ここで何してやがんだ!」

「えっ! い、いや、俺はただ……」


 一目で分かる真っ当な社会人ではなさそうな男が、ウルフカットの少年に因縁を付けました。

 獲物を奪われたような悪魔の勇者は腹を立ててしまいます。


 悪魔の勇者は感情のままにがなり立てる男を背後から殴りつけると、地面に転がして無言で蹴り始めました。

 容赦なく喉と腹を蹴って声を出せないようにし、必要のない殴打を浴びせて憂さを晴らします。

 理不尽に理不尽が積み重なる酷い状況でした。


「う、うわあああっ!」


 本能のままに逃げ出したウルフカットの少年と入れ替わるようにして、また厳つい男たちが姿を見せました。


「なんだあ? 今のガキは」

「ほっとけよ、急がねえと兄貴にどやされるぞ」

「あれ、あ、あ、兄貴!?」


 兄貴と呼ばれた男は、今まさに地面に横たわって蹴られているところでした。


「こ、このクソガキ! なにしてやがるっ!」

「あ? クソガキだと?」


 一瞬でキレた悪魔の勇者は即座に殴りかかりました。

 掴みかかろうとした男は腹を殴られて悶絶し、それ以外の男たちもついでとばかりに殴り倒されてしまいます。そしてまた不必要な暴行を続けました。

 完全に勇者の力の無駄遣いです。



 幸か不幸か、悪魔の勇者には王国の見張りがついてません。

 彼は勇者の特殊能力によって行方を完全にくらませていて、例え一時見つかってもまた姿をくらませる能力を持っていたがためです。


 姑息な能力の使い方でしたが、勇者の特殊能力は伊達ではありません。

 犯罪の気配は臭わせても、決して証拠を掴ませない悪知恵だけは働きました。


 実は勇者の特殊能力以外にも、王国に露見しない理由はあったのですが、それについては彼が知る由もありません。政治と謀略のなせる業といったところでしょうか。


 仮初であれ自由を得た理不尽極まる少年は、今日も気の向くままに暴力を振るい、物を奪い、女を犯しました。

 それらの犯罪行為は世の中に溢れており、『悪魔』の所業というほどのレベルではないのかもしれません。

 しかし、その行いが誰にも咎められなかったとしたら、どこまでもエスカレートしてくのは目に見えています。


 やったことの報いは、いつか必ず受けることになるでしょう。

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