第三十三話 ミリタリーケイデンス!
初日から飛ばし過ぎな気もするが日もだいぶ傾いてきているので、そろそろ野営の準備をするべきだろう。そんな中でリュージはというと、相変わらず走っていた。クゥーを頭に乗せたままで足並十法の特訓中なのだが、ある程度レベルが上がって不自然さが無くなって来ている。
休憩中以外は走っているのでフルマラソンも余裕で走り切れそうだが、体力だけの問題では無く足並十法の効果も大きいだろうと思われる。擦り足など足を上げない走り方に、なんば走りと呼ばれる右手と右足、左手と左足を同時に出す走り方を併用すると、身体を無駄に捻らない分だけ疲れ難い様だ。
掛け声を掛け合いながら走る姿は、息もピッタリ! 最初は揉めていたのが、嘘だったかの様である。誰かに言ったとしても、今の姿を見たら信じないだろう。
「あ~しなみじっぽぉ~とっくんちゅぅ~ニャ!」
「足並十法~特訓中~」
「ぬ~きあしさ~しあししのびあし~ニャ!」
「抜~き足差~し足忍び足~」
掛け声は良いが、ミリタリーケイデンス風にしなくても良いのでは? いや、お約束と考えるなら必要なのかもしれないが――
「リュージ、凄く耳に残るから止めてくれないかしら?」
まぁ、残念な事に他者からの評判は宜しく無い。
「イヴァンジェリンはご不満ですかニャ?」
「そうね、正直きついかも。それから、クゥーちゃんもイヴで良いのよ?」
到頭イヴァンジェリンから苦情が出てしまったのだが、黙々と走るだけだと面白味に掛けるというのも真理である。辛いだけの特訓では、継続は非常に困難だ。全ての人が、強い意思を持っている訳では無いのだから。
「御主人、仕方が無いので歌でも歌いますかニャ? フォルダ内の音楽データの再生も可能ですニャン!」
「マジか! そしたら、ランダム再生で頼むよ」
音楽データを再生し始めたクゥーから、野太い男の声や知らない楽器の音が出た時は面喰らっていたのだが、今ではすっかり楽しんでいるご様子のイヴァンジェリンとコリーン――色々な声が出るのが不思議な様だ。
「クゥーちゃん。何処から声を出してるの? この音は何かしら」
「……不思議……」
リュージのパソコンには、様々な音楽データが保存されていた。音楽が好きでレコードやCDを買い漁った時期も有るが、時代は音楽をデータにして持ち運ぶ様になっていた。
レコードにはレコードの味があるし、CDも好きなアニメやアーティストの物はコレクションとして購入し続けてはいたが、聴くのは専ら音楽データばかり――劣化しないのが良かったのだ。
昔、CDを冷凍庫に入れて置くと音が良くなるとか、眉唾な噂が流行った事がある。詳細は不明だが、確かに普段は聴こえ難い部分まで聴こえて音質が良くなった気がした物だが、気のせいと言ってしまえる程に、一時的な物でしかなかった。それを切っ掛けにして、音に拘りを持つ様になったのだが――
そんな事も有って、かなり拘った機器を揃えていたのだが、データ化された楽曲をダウンロードする事が普通になると、CDの傷や埃で音の善し悪しが左右される事も無くなり、データにしてから聴く様になるのも自然な流れだったのだろう。
そんな機器と繋がっているのだから、クゥーの出す歌声も素晴らしい物なのは間違い無い。子猫から迫力の有る歌声が飛び出す違和感さえ無視すれば……。それはそれで感動的なのだが、歌っているのがアニメ主題歌だと知っているリュージは、何と無く感動している二人に申し訳無い感情を抱くのだった。
「クゥーちゃんは色々な声が出せるのね! 歌声に凄く感動した!」
「……音も凄い……」
「あ~、これはクゥーの歌声じゃ無くて……え~と、故郷で有名な歌手の歌を保存してるんですよ」
感動している二人に説明するのは骨が折れたが、本人達の声を録音して聴かせると理解した様だ。「私ってこんな声なのかしら?」等と本人は不思議でも他人の声を客観的に聴けば間違い無いと判断出来るのだから。
(こうしてみると、色々と使えるな。……しまった! デジカメで露天風呂での出来事を録画しておけば良かった! ……待てよ? クゥーにも協力させて色んな角度から録画した物を編集すれば、アダルトな映像作品が出来るのでは?)
アイテムBOXに収納されたまま、忘れ去られそうな機器の数々に不埒な有用性を見出だしたリュージの明日はどっちなのか……。
因みに機器の接続設定により、常時接続されているのでリュージが忘れない限りは記憶からも保存や再生が可能なのだが、そんな事実に気付いてはいない……気付く日は有るのだろうか? 今はまだ分からない。
閑話休題
徐々にスピードを落とし始めた馬車は進行方向を変えてゆく。野営するのに都合の良さそうな場所を見付けたらしく、徐々にスピードを落として静かに停車する。
今日は、もう走らせないので念入りに手入れをして、ゆっくり休ませてやるのだ。馬車から外したエアステはウルバインが、ドリッテをリュージが手入れする事になったのだが、今日一日で散々した作業なので手慣れた物である。
気が済むまで水を与えたら、まず裏彫りから始めた。ドリッテの横に立ち、足を一本ずつ上げて貰うと蹄の裏の土や汚れを、てっぴという道具で綺麗に取り除いて、傷や異変が無いかチェックする。
その後は木の根を使った根ブラシという硬めのブラシで大きな塵を取ったり、毛ブラシと鉄櫛を持って毛並みを一度逆立ててから直す様にブラッシングする事で、浮き上がらせた土や垢などの汚れを払い落とすと共にマッサージしてやるのだ。垢や汚れの付いた毛ブラシは鉄櫛と擦り合わせて塵を取り除き、繰り返して身体全体を綺麗にして行く。
朝から一日中走らせたので、だいぶ汗もかいただろう……休憩の度に拭いてはいたがさっぱりしたいに違いないのだが、水場が無いので魔法で洗うつもりだ。馬だけに限った事では無いが、臆病な一面を持つのでクゥーに通訳をさせてから魔法を発動する。
「御主人、名前は【千灑万洗】で良いですかニャ? 元々は弓道に関係する四字熟語でしたが、洗い清めるという意味の他にさっぱりしている様子を現す文字に換えてみたのですニャン! 沢山の物を洗って、さっぱりさせるお風呂みたいな魔法にピッタリだと思いますニャン!」
「オッケーィ、千灑万洗!」
魔法で生み出された温めの湯が、ドリッテの身体を覆って回転する様に流れ始める。怯えて暴れない様に頸から下までにしているので、顔は後で拭いてやる必要があるだろう。イメージ通りに流れる湯は適度な刺激でマッサージ効果も抜群だ! 実に気持ち良さそうである。
洗い終わった湯は、流れ落ちる様に一切の余分な水分を残さず消え失せる。地面がドロドロになる様な事も無いのが素晴らしい、イメージ通りなのだが魔法の便利さのお陰で、ドリッテも風邪をひく心配も無くさっぱり出来ただろう。仕上げとばかりに顔を拭いてから、鬣や尻尾を梳り、全体をもう一度ブラッシングして終了である。
差別は良く無いのでエアステにも魔法を使い、仕上げをウルバインに任せている間に秣を準備しておく。女性陣は夕飯の準備で忙しそうだが、何事も分担は大事である。一通り仕事の終わったリュージはテントの設営を始めるのだが、私物のテントは一つしか無い事に気付いて問い掛ける。
「イブ先生達は、どうやって寝るんです?」
「馬車で、川の字になって寝るんじゃないの?」
「見張りの順番とかは?」
「私は旅って初めてだから、ウルバインに聞いた方が良いかも?」
実に頼りにならない返答に対して、顔を顰めるリュージ。ウルバインに聞いても良いが、この調子だと見張りの交代は二人なんて事になりかねない。睡眠を重要視している彼は、正直な話見張りの時間は短い方が良い……寧ろ無い方が良いのだ。
「分かりました。周りに壁を造ります」
「……壁? ……」
「高い土壁で囲えば襲われ無いでしょう?」
「……成る程、手伝う……」
リュージは、自分達が馬車の上である程度は安全でも、万が一にもエアステやドリッテが襲われたら大変だと、高い壁で囲う事を提案する。尤もそれは建て前で、本音は自分の睡眠時間を守る為なのだが、結果が同じなら良いのだろう。
「御主人、【嶂壁】はどうですかニャ? 高く険しい連なる山々を意味する文字を当てましたが、そのまま隔てるという意味を含むのでイメージに近いと思いますニャン」
「聞かなくても任せるよ。信頼してるからな!」
「ごっ、御主人! クゥーは、嬉しく思いますニャ~。感慨無量とは、この事なんですニャー!」
「ちょっ、分かったから頭の上で暴れないでくれ! やるぞ、嶂壁!」
命名した魔法名と共に、柱状に隆起した土が幾つも連なり壁を形成してゆく、高く聳える山の様な壁は、外敵の侵入を完全に防ぐだろう。コリーンの方も順調だが、魔力量の差は大きい物を造る程はっきりとするらしい。コリーンが、やっと一面を造った頃には魔力量に物を言わせたリュージが、残りを完成させていたのだから。
「……むぅ、弟子に負けた……」
「いやいや、完成度では師匠ですよ。俺の方なんて土の柱が連なってるだけですからね」
何れにしても、これなら鳥くらいしか入って来れないので、人や馬を持ち上げる様な巨大な怪鳥とか、竜でも無い限りは大丈夫ではないだろうか。
「食事の準備が出来たわよ~。リュージ、パン出してくれる?」
「はい、焼きたてのパンがたっぷり有りますよ」
エアステとドリッテも食事を始めた様で、ウルバインも近寄って来た。コリーンは兎も角、リュージが自重せずに魔法を使うので怯えない様に宥めていたのだ。
「リュージは、あの中で寝るのかしら?」
「ええ、荷台に四人は狭いでしょう?俺はこっちに慣れてるので」
「そう? 気にしなくても良いのに」
(いやいや、ウルバインの隣とか勘弁してくれよ! どうせ俺、ウルバイン、師匠、イヴ先生の順だろ? 何か有ったらどうすんだ!)
「……歌、お願い……」
「クゥー、何か落ち着いた感じの頼めるか?」
「畏まりましたのニャ。ンニャ~、うっうぅん……コホン。それでは!」
こうして、見張りの心配も無い壁に囲まれた空間で、食事と音楽を楽しみながら旅の初日が終わるのであった。勿論、全員が熟睡であった。
現在のステータスです!
《ステータス》
名前 鈴木立志
性別 男
年齢 42
職業 放浪者
所属 隠れ里
種族 異世界人
レベル 8
生命力 1303/1303
魔力 ∞
力 895
体力 932
知力 4255 (20upニャン↑)
素早さ 1940 (5upニャン↑)
器用さ 583
運 312 (5upニャン↑)
魔素ポイント 99968458
《スキル》
[電脳Lv4] [電化Lv3]
[心眼Lv3] [鷹の目Lv4]
[魔術の心得Lv2]1↑ [剣Lv3]
[錬金Lv4] [槍Lv4]
[夜目Lv4] [料理Lv4]
[足並十法Lv3] 1↑ [蹴撃Lv2]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
木工Lv3 盾Lv1 登山Lv1 投擲Lv1 伐採Lv4 斧Lv1
交渉術Lv1 石工Lv1 音波感知Lv1 海中遊泳Lv3
《称号》
スキルコレクター 殺戮者 無慈悲なる者 テクニシャン
イジメっ子 笑う切り裂き魔 三助 温泉伝道師
大蛇殺し 海洋生物




