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俺の本物を殺しに行く  作者: いらないひと
プロローグ
7/31

7:『理想のための犠牲を肯定する点において、テロリストとリベラリストに違いはないさ』

「どーせ私はポンコツ勇者ですよーだ!」


 エフトと戦った日の夜、街に戻ったユウはサキと一緒に居酒屋にいた。

 勇者三人とエフトの遺体はギルドに依頼して回収して貰い、速報としてサキが王都に向けて手紙を飛ばした。

 ちなみにこの世界には電話やインターネットの類が普及していない。

 技術的には魔法を使えば可能らしいが、治安が悪すぎて有線網の維持ができないのだそうだ。

 無線もコストが高すぎて断念したらしい。

 

 異世界勇者ゆえに金には困っていないが、パーティの仲間を全員失ってしまい一人で心細いサキ。

 そんな彼女の提案により、一杯飲むことになった。

 財布の中身が非常に厳しいユウは、彼女の『奢る』という言葉で速攻落ちた。

 ユウがエフトを落とした時よりも呆気なかった。


 ……で、その結果がこれである。


「デビュー戦は完璧だと思ったのにぃー。仲間も守れなかったしぃー、敵も倒せなかったしぃー、いい所は全部ユウさんに持って行かれちゃうしぃー。相川さん全然ダメダメじゃないですかぁー!」


「ま、まあ、そんなこともあるさ……。」


 この世界には未成年の飲酒を禁ずるような法律はないらしく、何歳であっても堂々と酒が飲める。

 死んだ仲間の弔いとばかりにビールやらラム酒やらを豪快に流し込んだサキは、完全な酔っぱらいとなってユウに絡んでいた。

 普段は脳内に留まっているもう一人の残念なサキが、自重せずに全開だ。

 個室なので店員以外に異世界勇者の実態を見られる心配はないが、しかしそれは言い換えればユウに逃げ場が無いということでもある。


「ごくっ、ごくっ、ぷはぁっ! だいたい、なんでユウさんはそんなに強いんですか?! あれですか? 失恋ですか? 本物のユウさんに好きな子を寝取られて強くなっちゃったんですか?!」


 ジョッキのビールを一気に飲み干したサキが畳み掛けた。

 彼女の変わり身に動揺したユウは、その勢いに押されて自分のこれまでを全部話してしまっている。

 つまり自分が異世界人だと思っていたらただのコピーだったとか、好きな子が本物に処女を捧げているところに遭遇してしまったとか、そういうのを全部知った上での発言である。

 向こうはコピーであるユウが生まれる前から相思相愛で付き合っていたのだから、そもそも寝取られですらないのだが、それも今は些細なことだ。


「人は悲しみを背負った分だけ強くなれるんだ、キリッ、みたいな感じですかぁー? じゃあなんで私は強くなってないの? ねえねえなんで? 彼氏? 彼氏なのか? ……いねぇよそんなもん! 相川さんに彼氏なんていたことねぇよ!」


(酒癖悪すぎだろこいつ……。)


 サキがバンバンとテーブルを叩くのを見ながら、ユウは夕食代惜しさにここに来たことを心底後悔した。

 本人の名誉のために言及しておくと、彼女のルックスは非常に良い。

 顔はいいし髪も綺麗だし、スタイルだって十四歳としては中々のもので、男受けは間違いなく良いだろう。

 ついでに言えば勇者教に準拠すると見られる装備もよく似合っている。

 ミニスカートとニーハイソックスのコンボによる絶対領域もバッチリだ。

 スカートの中では清純な白が”あなた色に染めて欲しい”と主張しているし、成長し始めた胸だって大人の刺激を求めている。

 こんな美少女と二人で飲めるとなれば、色々な意味の期待を含めて、普通の男は喜ぶ以外に選択肢はないはずだ。 


 ――そう、残念なのはあくまでも中身だけである。


「ユウさん、なんですかその目は? あ、もしかして相川さんのこと狙ってます? 今日は私を宿までお持ち帰りしちゃう気ですね? そうなんですね? あ、お姉さん生ビール追加!」


 サキはタコの唐揚げをくわえながら次のビールを催促した。

 ちなみにだが、ユウは酒が苦手なので麦茶である。


「いや、お持ち帰りっていうか、宿同じじゃん。」


 彼女の仲間が使うはずだった部屋が空いているということで、ユウもそこを使わせてもらえることになっている。

 つまり二人は同じ宿の隣の部屋同士なのであって、帰りは何もなくても一緒に宿まで行くことになるのである。

 ……早い話、ユウは今晩この酔っぱらいを宿まで連れていかなければならないということだ。


「襲っちゃう? 現役JC、相川さん十四歳の純潔奪っちゃう? 彼氏いない歴人生のサキちゃんから処女とかファーストキスとか、もろもろ全部奪っちゃう?」


(すげぇ。かわいい子に誘われてるはずなのに、全然その気にならねぇ……。)


 これはもう大変に驚くべきことであった。

 圧倒的に残念でポンコツなオーラが、彼女の美少女要素全てを台無しにしている。

 その後も一応は奢ってもらう身なので大人しく話を聞き続けたユウ。

 帰りは寝てしまった彼女を背負って宿まで行くことになったが、十四歳としては大きめの胸が背中に直撃しているのにも関わらず、彼女の酒臭い吐息のせいで微塵も襲う気にはなれなかった。

 宿屋の受付で二人分の部屋の鍵を受け取って、そのままサキの部屋へと向かう。


「ふう……。疲れた……。」


 酒臭いサキをベッドに寝かせて布団を掛けると、ユウは部屋を出ようとした。

 なんというかもう、女子力があまりにも低すぎて一切襲う気になれない。


「いや、待てよ……。そういえば寝ゲロで窒息死する人とかたまにいるらしいな……?」


 ユウはベッドの横に戻ると、アホ顔で寝ているサキを覗き込んだ。


「ユウさんってばー、そんなえっちなところ触ったらダメですよぉー、ぐへへへへへ……」


 時々寝言が漏れてくるその口からは、既によだれが大量に垂れていた。

 そしてこの体勢のままリバースすれば、サキは間違いなく呼吸が出来なくなるだろう。


「……。俺もここで寝るか。」


 自分の部屋から布団を持ってくると、ユウはそれを床に敷いて寝ることにした。

 これで何かあってもすぐに行動できる。

 明日の朝に寝ゲロで窒息死したサキを発見する心配は無いはずだ。


 そして次の日の朝。


「うぅ……。頭痛い……」


 サキは二日酔いでガンガンする頭を抑えながら体を起こした。

 床にはユウが布団を敷いて眠っている。


「んー?」


 寝起きで現状把握が出来ずに首を傾げるサキ。

 物音でユウも目を覚ました。

 

「……はっ! まさか!」


 起き上がったユウを見た瞬間、桃色吐息な妄想が彼女の脳内を駆け巡る。


「はっ、初、体、験! 乙女の純潔が! 現役女子中学生を酔わせて落とすなんて、ユウさんってば淡白そうな顔して実はやっぱり狼だったんですね?! 犯罪ですよこれは!?」


 どういうわけか顔を赤くして嬉しそうだ。

 感情が抑えきれなかったのか、ついにはベッドの上でぴょんぴょんと跳ね始めた。

 彼女は見た目や仕草だけなら非常にかわいいのである。


「なんでそうなるんだよ……。寝ゲロで死なないように横で寝てただけだって。」 


「は? ……ねげろ?」


 ユウの言葉の意味が即座に理解できなかったサキ。

 彼女は跳ねるのを中断して、『何を言ってるんだお前は?』と言わんばかりに再び首を傾げた。

 頭の上には疑問符が複数浮かんでいる。


(ネゲロ……、心○流の師範だっけ?)


 それはネテ○。


(……バレーボールで守り専門の人?)


 それはリベロ。


「寝てる間にリバースして窒息死するんじゃないかと思ってさ。」


 数秒後に話を理解したサキの顔が、途端に胡散臭いものを見るような表情になった。

 非常にがっかりしているのは誰の目にも明らかだろう。 


「ふーんだ。相川さんはそんな死に方しませんよーだ」


 残念モード全開のサキは頬を膨らませると、ジト目でユウを睨んだ。

 先程の嬉しそうな表情はもうどこにも残っていない。

 

「じゃあなんですか? こんなにかわいい相川さんが完全無防備だったのに襲わなかったっていうんですか? え? なに? もしかして男じゃないとダメとか? うわー、引くわー」


「待て、それには断固抗議する。」


 突然浮上したホモ疑惑に対し、ユウは毅然とした対応をした。

 腐った女の子の皆様には悪いがノンケである。


「じゃあなに? EDってやつですか? 女の子とそういう雰囲気になっても勃たないっていうあれですか? 固さが足りなかったんですか?」


 不満全開のサキがカウンターで畳み掛ける。

 ある意味でユウがエフトを相手にした時よりも容赦が無い。

 十四歳の少女にこんなことを言われて喜べるのは、かなりアレな性癖の持ち主だけだろう。


「……襲ってくださいよ。おかげで相川さんの乙女心が大ダメージじゃないですか。致命傷ですよこれは」


 サキは大変不機嫌そうだ。


「襲った方が良かったのかよ?」


「ダメです。襲ったら訴えます」


「えー……。」


 不条理。

 

 ユウはこれまでの人生で一番の不条理を味わった。



 さて、サキが寝ゲロで窒息死するかもしれないと不安になったユウが彼女の部屋の床で寝た頃、他の建物の屋根から二人の泊まる宿を眺める視線があった。


「ようやく動き出したかのう」


「ああ……。」


 一人はニット帽を被った小柄な老人ゴア、もう一人は白い仮面をつけた長身の青年ジノーヴィーだ。

 夜の闇に加え、気配を消して光学的な障壁で周囲を覆っているために、周りの人間が彼らの存在に気付くことはない。

 しかしその事実は同時に彼らが強者であることを証明していた。

 

「東でも赤が動き始めた。さて、今度はどこまで使うことになるか……」


 その好々爺然とした様子とは裏腹に、老人の野心を秘めた目が光る。

 

「東……。ああ、コルドウェル達か。確かにエフトほど楽な相手ではないな。」


 対するジノーヴィーは淡々としている。

 仮面の瞳の奥は漆黒の闇となっており、底が見えない。


「赤白黒。どの陣営も予想外の損失で、そろそろ事態の深刻さに気が付き始めたようじゃの」


「最後まで気が付かないままだと嬉しいんだがな。」


「少なくとも白は何かしら動いてくるじゃろうて。ストラの勢力戦は既に敗退しておる以上、ここで椅子を失えば後がないからのう」


「バンドーラを失ったのは痛かっただろうな。アインスよりもあの竜の方が勝てる可能性は高かったはずだ。」


「なんじゃ、勝たせてやる気があったのか?」


「いや……、ない。」


 ジノーヴィーは言い切った。


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