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俺の本物を殺しに行く  作者: いらないひと
第二章:聖女復活編
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9:『イケメンは罪、ブサメンは罰』

 さて、一応は連合軍のトップであるエルネスト。

 彼は伐採作業を続ける味方の様子を確認しながら、作戦行動中のニアクス軍やエターナルウインドの動きに目を光らせていた。


 ユウとサキが姿を消した今、何か行動を起こしてくる可能性は十分にある。

 少なくとも彼はそう考えている。


 そんな彼のところに副官モニカがやってきた。


「エルネスト、小さい洞窟が見つかったって。異世界勇者の二人はスルーしたらしいけど、エターナルウインドが抜け駆けして人を送り込んだみたい」


 男性率の高い連合軍においては貴重な花、のはずなのだが、しかしこの赤髪の美少女の表情には相変わらず愛想というものが不足している。

 いつも少し不機嫌そうに見えるが、これが素の状態だというのだから損なものだ。


「予想通り、ってとこか」


 先程、彼女達に少し怪しい動きがあったのは確認できている。

 エルネストは探りに行かせた兵からの報告を待っているところだ。


(こうなっると、いよいよシルヴィアが欲しくなってくるね……)


 シルヴィア=ログロシノ。

 ホーリーウインドの一員で、光学迷彩で姿を隠せる”福音持ち”である。

 

 正に隠密行動にうってつけの人材だと言っていい。

 その彼女さえいれば、探ることなど簡単なのだが……。


「そういえば、洞窟に人の足跡が大量にあったらしいわ。地面の土が踏み固められるぐらい」


「入る前の時点で? それは……、当たりかな?」


 エルネストは政治的な駆け引きがあまり好きではない。

 これでニアクス王国側の行動に注意を払う必要が無くなると思うと、口元には自然と笑みが浮かんできた。


 しかしそんな期待が打ち砕かれたのはその直後だ。


「大変です! 洞窟の中に強力なモンスターが!」


 どうやらエターナルウインドらしき男が血相を変えて走ってきた。

 彼としては自分の陣営にだけ報告するつもりだったのかもしれないが、その声は洞窟とは別方向の木を切り倒していた他の陣営にも容易に聞きとれる大きさだった。


 周囲の視線を集めたことに気がついたイリアとヘルミナは、しまったという顔をしている。


(彼、後で大丈夫かな?)


 女神教のホーリーウインド同様、勇者教のエターナルウインドもまた過激派で知られる。

 よりにもよって聖女の復活という重大事に足を引っ張ればどうなるか。


 ……エルネストは男の未来についてそれ以上考えるのを止めた。

 

「よし、行こうかモニカ」


「うん」


 二人はこの段階になって初めて異変に気がついた体で、エターナルウインドの方へと向かって歩き出した。

 普通の女神教の服を着た彼らは、傍目にはちょっといい感じのカップルに見えなくもない。


 エルネスト的には女の子の扱いは得意ではないのだが、それでもなんとかなってしまうのがイケメンというものである。


「どうかしましたか? 何やら騒がしいみたいですが」


 自分達に気がついたヘルミナが小さく舌打ちしたのを、エルネストは見逃さなかった。

 それは抜け駆けして洞窟に部隊を送り込んだことを知られたくない相手が来たと思ったからか、あるいは単にリア充爆発しろと思ったからか。


 どちらにせよ、ここで問い詰めても彼女達は簡単に事実を認めようとはしないだろう。

 ちなみにだが、ユウが彼女の立場だったなら間違いなく後者である。


 現在進行系で異世界勇者サキ様のよだれ拭き係に甘んじているユウの、リア充に対する怨嗟は伊達ではない。


「どうやらそれらしい洞窟が見つかったらしいですね。その様子だと、内部にいたモンスターが”外に”出てきたのかな?」


 エルネストは予定通り、彼女達の抜け駆けに気が付かない振りをした。


 それらしい場所を発見した場合、探索は合同で行うというのが事前の取り決めだ。

 しかし洞窟の中から出てきたモンスターと外で交戦した場合は範囲外、特に問題とはならない。


「え、ええ……、まあ……」

 

 エルネストの発言が助け舟だと理解したのかどうか。

 とにかくイリアはやや曖昧に頷いた。


 イリアの顔が僅かに赤くなっていることに気がついたモニカが、不機嫌そうに目を少しだけ細め、白けた視線を横に逸した。


 イケメンは罪、ブサメンは罰。

 その真理はどの世界でも変わらない。


「それで、モンスターの種類は?」


 報告に来た男はエルネストの視線がいつの間にか自分に向いていることに気がつくと、横目で自分の指揮官達を見た。

 イリアとヘルミナ、エターナルウインドの二人が小さく頷く。


(やっぱり良いとこのお嬢さんってとこかな。あるいは適正無しと判断されて家から放り出されたか)


 本人達はこっそりとやり取りしたつもりなのかもしれないが、もちろんエルネストには筒抜けだ。

 後ろに控えているモニカも、こんな連中に加減する必要があるのかと不満げにしている。


 ……彼女の一番の不満は別のところにありそうだが。


 しかし今はそれよりも洞窟のことだ。

 モンスターの種類がわかれば、洞窟の内部の構造を多少は推測できる。


「ア、アンデッドです!」


 幸運なことに、この兵は政治も女心もよくわからなかったらしく、エルネストの質問に正直に答えた。


「アンデッド? へぇ、それは珍しい」


 アンデットが生まれるには幾つもの条件が必要なため、天然に発生することなどそうそう無い。

 つまり作為的に生み出された存在である可能性が高いということだ。


 その事実はエルネストに”当たり”の存在を強く意識させた。

 モニカもそれを理解したのか、口元が引き締まっている。


「はい! 真っ赤な鎧を着たスケルトンが! とにかくとんでもない強さで、先行していた数十人が一瞬でやられました!」


 おそらくはその戦いを見たのであろう男の表情は、焦燥の一言だ。


 もうあの場所には戻りたくない。

 そう考えているのが苦もなくわかる。

 

(赤い鎧……。『赤の騎士団』か?)


 かつて『聖女』ルシエラと共に魔族と戦ったとされる精鋭達。

 彼らは魔法で何重にも強化された真紅の鎧に身を包んでいたという。


 もしもそのスケルトンが『聖女』を守っているのだとすれば、間違いなく”当たり”だ。


「エルネスト殿。状況が変わったようだな」


 当然のように話を聞きつけたのか、ユールもやってきた。


「ええ。異世界勇者様達の方向で洞窟が見つかったそうです。ただ、”内部から出てきた”モンスターによって、予想外の被害が」


 エルネストは頷いた。


 まだ誰も洞窟の中へは入っていない。

 ……そういうことになったのだ。

 

「戦力を集めましょう。少なくとも手加減してどうにかなる相手ではなさそうだ」


 記録が確かなら、『赤の騎士団』は『赤鬼』コルドウェル達とも直接戦っている。

 伝説勇者を含む一万の軍勢を容易く蹴散らすような強者達と渡り合ったのだとすれば、こちらも相当な強さのはずだ。


 古の時代の強者達。

 しかしその全力がどれほどのものなのか、エルネスト達はまだ知らない。

 

「いいだろう。おい、木の伐採を中断して装備を確認しろ」


 ユールは即座に部下達に指示を出した。

 だが逆にその行動がエルネストに新たな疑念を芽生えさせた。


(聞き分けが良すぎる……。まさか、もう知ってたんじゃないだろうな?)


 現時点で、サキ達はまだ行方不明のままだ。


(もしもサキ=アイカワがレッドノートと打ち合わせた上で動いているとすると……。急いだ方が良さそうだ) 

「こっちも部隊を整えよう。ロッシェンさんにも連絡を」


 エルネストもまたモニカに指示を出した。


 忘れてはいけない。

 ここでの手柄が各陣営の政治力を大きく上下させる。


 特に女神教と勇者教の力関係を。

 個人的に興味はないが、しかし軽視するほど無関係でもない。


「エルネストも出るの?」


「たぶんね。……嫌でもそうなりそうだ」 


 女神教とノワルア軍がこの作戦に投入した戦力は、お世辞にも強力とは言えない。

 この状況では唯一の”福音持ち”であるエルネストも、貴重な戦力と成らざるを得ないのだ。


「じゃあ私が守ってあげる」


「よろしく頼むよ」


 やれやれといった様子のモニカを見て、エルネストは少しだけ苦笑いを浮かべた。

 やはりイケメンは罪、ブサメンは罰で間違いないらしい。



 岩壁に空いた件の洞窟。

 木々が倒されて裸になったその周辺を、連合軍は半包囲した。

 

 露骨に手柄を欲しがっているエターナルウインドと勇者パーティが正面中央、そしてその左右を他の三者が埋めている。

 つまりは女神教軍、ノアルア軍、ニアクス軍が、だ。


「二体だけか……。思ったよりも少ないな」


 ユールは思わず呟いた。

 視線の先にいるのは、洞窟の入り口で剣と盾を構えて立っている二体のスケルトンだ。


 報告の通り、確かに真紅の鎧に身を包んでいる。

 しかしこちらを認識しているはずなのに、攻撃してくる気配は見られない。


(飛び道具が無いのか? だがあの位置で待つのも不自然だな)


 睨み合う両者。

 数の上では圧倒的にこちらが優位。


 しかし単体の戦力で見た場合はどうだろう?

 共有されている情報では、外に出てきたスケルトン達によって既に数十人がやられている。


(ん? 外?)


 ユールは周囲に気付かれないように視線だけを動かして周囲を確認した。

 

(洞窟の外で争った形跡がない……。やられたという数十人の死体はどこだあるんだ?)

 

 彼の脳裏に二つの可能性が浮かび上がる。


 一つは交戦したというのが偽の情報である可能性。

 もう一つは交戦した場所が洞窟の内部である可能性だ。


(前者なら既成事実にして戦わせたい、後者なら抜け駆けしたのを隠したい、といったところか)


 敵の方から仕掛けてくる気配はない。

 こちらの出方を伺っているようにも思える。


「ユール殿」


「ん?」


 近づいてきたのはエルネストだ。

 後ろには護衛としてモニカもついてきている。


「見ての通り、向こうから動く気配はありません。一応話し合いを呼びかけてみようと思います」


「話し合い……、できるものか?」

 

「可能性はあると思ってます。あれが元々人間で、まだ理性が残っていれば」


 ユールはモンスターの生態にあまり詳しくない。

 それが希少なアンデッドとなれば尚更だ。


 ただ、少なくとも相手がかなりの強敵であるというのは認識していたので、エルネストに任せてみることにした。


 今回のニアクス軍には、レッドノート家傘下の者達も多数参加している。

 上手くいった場合はその分だけ女神教に手柄を渡すことになるが、それでも下手に味方を失うよりは良さそうに思えたからだ。


「では決まりで。……あ、準備は一応しておいてくださいね?」


「わかっている」


 ユールが頷いたのを確認したエルネストが、スケルトン達に接触するために体の向きを変えようとした、その時だ。


「エルネスト! あれ!」


 モニカが珍しく慌てた声で洞窟の方向を指差した。

 釣られてその方向を見ると、異世界勇者のパーティ達が先行し、スケルトン達に向かって攻撃を仕掛けようとしているところだった。


(おいおい、嘘だろ!)

「ちょっと待てっ!」


 エルネストが叫ぶのと彼らから魔法が放たれたのは、ほぼ同時だった。



「どうなっても知らねぇからな!」


 異世界勇者エイジのパーティーで一番の常識人を自認する魔法使い、ハインは叫んでいた。

 上官の命令を無視して独断専行での攻撃、これは大事である。


 指揮官が勇者教とかニアクス王国の人間ならまだいいが、よりにもよって今回のエルネストは女神教の所属だ。


(しかもアイツ、あの年でこんな作戦の指揮官とか、絶対に何かあるって!)


 いわゆる”福音持ち”の存在は、知っている者達にとっては常識であり、同時にそれ以外の者達には全く知られていない。

 ニアクスの貴族であるハイン達は、エルネストが天使経由で女神アインスから力を与えられた人間だという情報を持っていなかった。


「心配性なのよ、あなたは」


「そうだ。人生はなるようにしかならん」


「うるせぇ! お前らも止めろよ!」


 ハインは治癒師アンリと魔法戦士クレメルに向かって叫んだ。

 異世界勇者という政治的に極めて難しいパーティの要因に、なぜこの二人が選ばれたのか。


 ……未だに疑問だ。


「ホントにいいのかよエイジ!」


「手柄があればなんとかなるさ。それに、一番派手に攻撃したのはお前だろ?」


「そうだよ! 俺はリーダーの命令に忠実だからな! 畜生!」


 ハインはもう涙目だった。


 このパーティで唯一の魔法使いである彼は、最も遠距離火力がある。 

 そのため、離れた位置から先制攻撃をしようとすると、必然的に主役となってしまう。


 エイジの命令を受けた彼は、それはもう派手に火炎魔法を放っていた。


「でも、動かないわね」


「効いてもいないみたいだな」


 アンリとクレメルは武器を構えたまま、盾で魔法を受け止めたスケルトン達を見た。

 鎧同様に真紅のそれは、傷一つついていないように見える。


「強いって噂は本当みたいだな。好都合だ。前の戦いじゃ、魔王達と戦い損ねたからな」


 エイジは自分の力を振るう相手を見つけて笑みを浮かべた。

 異世界勇者としてこの世界に来てから、彼はまだギリギリの戦いを経験していない。


「ふん、抜け駆けはさせないぞ」


 もう一つの勇者パーティがエイジ達の隣に並んだ。


「さすがはヒデオ様!」


 いつものように治癒師カティがヒデオを持ち上げる。

 そして残念なことに、こちらのパーティにはハインのような常識人枠は存在しない。


「やっと名を上げるチャンスが来たな。おい、ちゃんと私の分も残しておけよ?」


 飛び道具を持っていない女戦士のイグリシアが剣を構えた。

 ウェーブの掛かった赤髪とやや露出の多い格好は、男勝りな気の強さを感じさせる。


「残せたらな。丸ごと吹き飛ばしてしまいそうだ」


 髪どころかローブや眼鏡まで全てが青い魔法使いのイクサリウスも、イグリシア同様に脳筋枠らしい。

 つまりヒデオパーティは、脳筋が三人と恋する乙女が一人で構成されている。


 ……エイジのパーティ以上にどうしようもない。


 ヒデオはそんなパーティのリーダーらしく、スケルトン達に堂々と剣を向けた。


「さあモンスター達! 大人しく封印されている聖女を解放してもらおう!」


「さすがはヒデオ様! 正々堂々ですね!」


 突出してきて牽制の魔法を放ってきたかと思ったら、突如として声を上げた敵。

 それを見たスケルトン達は、互いの顔を見合わせた。


 その動きから言って、少なくとも理性があることは明白だ。

 この場を死守しようとしていた二体のスケルトンは、無言の意思疎通を終えると、突如として洞窟の中に向かって走り始めた。


「ふっ! 恐れをなして逃げたか。俺は正面から戦いたいんだがな」


「さすがはヒデオ様! 強者だけの悩みですね!」


「そこでずっとやってろ! 行くぞ! 俺が仕留める!」


 エイジは勝ち誇ったヒデオ達を置いて走り出した。

 狙いはもちろん洞窟の奥に逃げ込んだスケルトン達だ。


 同じパーティの三人もそれについていく。


「おいおい! 止めとこうぜ?! 絶対待ち伏せされてるって!」


「諦めろハイン」


「そうよ。思い切りの良さって大事」


「お前らは良すぎるんだよ! いつも!」


 念の為確認しておくが、ハインだって勇者である。

 この世界における勇者とは貴族にほぼ等しく、彼もまた貴族の子息である。


 ……ハインは良家のお坊ちゃんらしからぬ叫び声を上げていた。


「先を越されるな! 俺達も行くぞ!」


「はいっ!」


 ヒデオのパーティには異論を唱える者はいない。

 しかし代わりに外野から待ったが掛かった。


「お待ち下さい!」


 イリアとヘルミナがエターナルウインドを引き連れ、慌てて駆け寄ってきた。

 

「我々も同行させてください! 是非!」


 ……前言撤回。

 彼らはヒデオ達を止めるどころか、逆にその行動を後押しした。


「いいだろう! 強い奴がいたら報告しろ! 俺が戦う! ……行くぞ!」


 こうして、二つの異世界勇者パーティはエターナルウインドの数百人を引き連れ、洞窟へと入っていった。



「まいったな……」


 突入する勇者達を遠目に見ていたエルネストは、自分の考えの甘さを内心で嘆いていた。

 個別に釘を刺しておいたつもりだったが、まさか全て無視されるとは思わなかった。


(ウチでいうと”ホーリーウインドが女神様に直接会っちゃった状態”だからなぁ……。仕方無いと言えば無いけど)


 しかしこれで『赤の騎士団』を味方につけられる可能性は大幅に低下した。

 既に二回は交戦しているはずだから、完全に敵だと認識されてしまったはずだ。


 それこそ相手が聖人の集まりでも無い限り、短期間での和解は難しい。


「どうするの? 止めに行く?」


「止まってくれると思う?」


 エルネストが見つめ返すとモニカもその辺を理解したらしく、剣に掛けていた手を下ろした。


「……突入だ。こうなったら被害は全部、彼らに引き受けて貰おう」



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