3:『ビバップの父は本当にゲーテの格言を吐いたのだろうか?』
シグニカの街は見通しの良いなだらかな丘陵地帯にある。
その西方に位置する森から姿を表したドラゴンは、街の手前で警備兵達を相手に暴れていた。
人間の数十倍はあろうかという巨体は剣も魔法も受け付けず、大きな羽で突風を起こし、俊敏な動きで人々を片っ端から吹き飛ばしていた。
「撃て! 撃ちまくれ!」
警備隊長が腰の引けた味方に激を飛ばす。
しかし遠距離からの攻撃は弓も魔法も鱗で止められ、近づけば突風で吹き飛ばれるか尻尾で薙ぎ払われる。
決死の思いで接近して剣を突き立てようとしても、やはり鱗に止められてしまう。
自分達の攻撃が全く通用しない以上、一方的な展開になるのは必然だった。
彼の視界の真ん中で隊員の一人が突風で尻もちをついた。
そこに容赦無くドラゴンの尻尾が振り降ろされる。
「う、うわあああああああああ!」
頭上から迫る尻尾に気がついた隊員が断末魔の叫びを上げた。
――もう助からない!
そう思ったのは本人だけではないし、それを見ていた警備隊長が彼の命を早々に諦めたことを責める者はこの場にほとんどいないだろう。
が、しかし――。
「ブレイブイグニッション!」
ドンッ!!
隊員が肉塊になる寸前、横から割り込んだ人影がドラゴンの尻尾を吹き飛ばした。
「……あ、あれ?」
最後の瞬間を受け入れきれずに咄嗟に目を閉じてしまった男は、自分がまだ生きていることに気がついてゆっくり目を開く。
開けた視界に最初に入って来たのは、自分に背を向けた少女の姿だった。
「あれは……」
隊長は自分の目を疑った。
これまで彼らがどれだけ攻撃しても傷一つ付かなかったドラゴンの尻尾が、一撃で吹き飛んだのである。
「勇者……、教?」
誰かが可能性の一つを口にした。
彼女の服は白地に黒と金。
それは勇者教の精鋭部隊エターナルウインドのシンボルカラーだ。
しかしいくらなんでも若い、若すぎる。
「どうやら間に合ったみたいですね」
黒髪の少女は背後の隊員の無事を確認すると、尻尾を失った痛みから立ち直りつつドラゴンに向き直った。
「人々の生活を脅かすドラゴン。いったいどういう理由で暴れているのかは知りませんが、まだ暴れ足りないと言うのなら、この異世界勇者サキ=アイカワが相手になりましょう。さあ、どこからでもかかって来なさい!」
サキは杖をドラゴンに向けて構える。
そこに恐れはない。
そして同時に彼女の正体に対する周囲の疑問も解消され、歓声が上がった。
「聞いたか! 異世界勇者だってよ!」
「尻尾が一撃で吹き飛んだぞ?! あれが勇者専用魔法か?!」
「サキ=アイカワ様!」
次々と上がる驚愕と賛辞の声。
しかし彼らの声援を背にしてもサキの表情は険しく、ドラゴンを睨んだままだ。
(……)
(……)
(……やぁぁぁぁっっっったぁあああああああああああああああああああ! 決まっっっったぁあああああああああああああああああああああああああ!)
杖を構えたまま、表情はそのままで脳内のもう一人のサキが踊りだす。
(決まっちゃったよ! 秘密特訓の成果炸裂って感じ?! 相川さんの鮮烈デビューじゃないですかコレ! 美少女勇者サキちゃんのファンクラブとか出来ちゃう勢いですよぉー!)
「……?」
サキの口元が僅かに緩んでいることに気がついたのは、正面で睨み合いをしていたドラゴンだけだ。
背後から見ている人々には、まだ幼さの残る彼女の凛々しい後ろ姿しか見えていない。
「グギャアアアアアアアォオ!」
しかし彼女のそれを自分がバカにされていると誤解したのか、ドラゴンは怒りに任せて大きく息を吸い込んだ。
「ブレスだ!」
「マズいぞ! 逃げろ!」
ドラゴンの口から赤い炎が溢れる。
一瞬前までサキの登場に歓喜していた人々は我に返ると、慌てて逃げ始めた。
ドラゴンのブレスの威力と攻撃範囲は強力な攻撃の代名詞として広く知られており、次の動作でそれを思い切り吹きつけてくるであろうことは明白だ。
あんな熱量が直撃すればひとたまりもない。
「みんな纏めて殺る気ですね! ですが、甘い! エアハンマー!」
灼熱の息を吐き出そうとしたドラゴンの頭部目掛けて、圧縮した空気の塊が叩き落とされる。
ドンッ! ボンッ!
「――?!」
吐く直前に口を無理矢理閉じさせられて、行き場を失ったブレスがドラゴンの口の中で爆発した。
「グォォオッォ……」
尻尾に続いて頭部にもダメージを受けたドラゴンが怯む。
その隙を逃すまいとサキが飛んだ。
真っ直ぐにドラゴンへと向かっていく。
「トドメです! ブレイブイグニッション!」
ドンッ!
サキはドラゴンの頭部に、先程尻尾を吹き飛ばしたのと同じ魔法を叩き込んだ。
「……」
頭部を丸ごと吹き飛ばされたドラゴンの体が、断末魔の叫びすら許されないまま制御失って地面に崩れ落ちていく。
ドスゥン……。
倒れて動かないドラゴンとその傍らに立つ少女。
我先にと逃げる途中だった人々は、状況を把握するのに一瞬の時間を要した。
「もしかして、助かった……、のか?」
周囲の不安そうな視線がサキに集中した。
「もう脅威は去りました。私の見ている前で好き勝手などさせませんよ」
「おお!」
「すげぇ!」
「やった、助かったぞ!」
「サキ様バンザーイ!」
沸き起こる歓声。
踵を返して街の方向に歩き始めたサキを他の勇者達が出迎えた。
彼らもドラゴンと戦うために走ったのだが、異世界勇者であるサキほどには移動速度が速くないので間に合わなかったのだ。
「良いところを全部持っていかれてしまいましたね」
「いえ、全員で戦うほどの相手ではありませんでしたよ」
サティアに涼しい顔で答えたサキは杖を納めると、街の中に向かって歩き始めた。
(……)
(……)
(ドヤァァァァああああああああああああ!)
脳内でもう一人のサキが再び踊り始める。
もちろん本体の表情はクールなままだ。
(やったよ! やっちゃったよ! 相川さんのデビュー戦、完璧だよぉぉぉー! 期待の超新星現わるって感じ?! 称えて! もっと私を褒め称えてぇー!)
異世界勇者、相川沙希。
利発そうな美少女、十四歳。
その中身はなんと言うかこう……、色々と残念な感じだった。
作者的にはもうやりきった感で一杯です_( ´・-・)_




