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ペルイーブ王立学園物語 〜転生してもモブな私は平穏に暮らしたい〜

 時間が止まったかのようにのどかで豊かな王国ペルイーブ。その美しき王都ベイブシャの蒼水晶宮に並立する『ペルイーブ王立高等学園』。ここに「一芸入学」を決めたド平民の私、アーティ・クンダークは後悔してた。

 前世ではそうとは知らず入社したブラックな会社にハメられて、秒単位で締め切りが迫る日々の中、誰もいない部屋で一人寂しく若くして儚く散った。

 折角こんなユルユルな人生に転生出来たのだ。今世では誰にも邪魔されず平々凡々、ひっそりと暮らしたい。

 地味〜に陰キャラ同士で集まって、趣味の話なんかして静かで平穏な人生をやり直したい。

 そう思ってたのに、ついつい一芸入試会場なんかに行ってしまう己の野次馬根性を呪いたい。

 これは転生モブ平民のアーティが、望まぬキラキラ学園で望まぬキラキラ友人に取り囲まれ、だが望み通りユルユルな学生生活をむさぼる平々凡々(?)な日常のお話である。

「はぁ〜〜っふ」


 春うらら。かみ殺し損ねた大きなアクビが思わずもれた。

 窓の外ではハクモクレンの大樹が広げた枝いっぱいに白い大輪の花をつけ、肉厚な花弁を気怠げに垂らす。その甘い芳香漂う午後の昼下がり。

 私が座る窓際の一番後ろのこの席は、この季節、生暖かい日差しが薄い紗のカーテン越しに射す特等席だ。

 ゆったりと広い教室の壇上では、薄い茶髪の若い教師が平坦で抑揚のない声で「呪文」をただひたすらに読み上げてる。そんな教師を睨みつけ、辛うじてつなぎ止めてきた意識を正に手放し、甘く愛しい眠りへと滑り落ちようとしたその時、教室に一際大きな声が響く。


「ここは今期の試験でも必ず出ますから超重要!」


 パンっと手を叩き、教師の放ったそのお馴染みのフレーズをきっかけに、教室の生徒が一斉にメモを取り始めた。ここまではどこの学校でも見聞きする状況なのだが、今、私たちの前には黒板もホワイトボードもない。


「先生、そこの端のほう見にくいです」


 前方の生徒にツッコまれて、人のよさそうな先生が慌てて手をひと振りする。


「これで見えますか?」


 壇上の空中に浮かんでいた墨色の文字に、先生の手から流れ出た黒い影が滲み込んで文字をくっきりと浮かび上がらせた。


「ありがとうございます」


 途端またカリカリとペンを走らせる音が響き出す。それを今にもまた閉じてしまいそうな重い目蓋の隙間からぼーっと眺めてた私は、教室を見回してた教師とバッチリ目が合ってしまった。


「アーティさん、あなたは書かなくてもいいのですか?」

「あぅ……! は、はい、いいえ、すみません、今すぐ書きます」


 チッ。この素晴らしく心地よい眠気のままに、出来れば夢の世界へ旅立ちたかった。

 せめてもう少し、このままウトウトしていたい。

 そんな想いを振り払って、仕方なく私も自分の羽ペンを拾ってインク壺にペン先をつけた。羽ペンの先は硬く加工され、万年筆のように割れてるので、それほど書きにくくはない。けれどそれでも文字は滲みやすいし、インクはすぐ切れるし、決して書きやすいとも言えない。たったあれだけの文章でも、書き留めるにはそれなりに時間がかかる。

 大体、空中に浮かんでるあの文字だってインクを『術』で空間に繋いでる訳だから、あれをそのまま紙に写して配ってくれればいいのに。


「せめてシャーペンでもあれば……」

「シャー……ペン?」


 思わず零した私の一言を、隣に座る男子生徒が聞きとめて怪訝そうに問い返された。ミルクチョコレート色の艶めく肌に埋め込まれた煌めくブルーの瞳がこちらをジッと見つめてる。


「い、いえ、なんでもないです……」


 慌ててゴニョゴニョと言い訳して、視線を避けるように手元を凝視する。

 危ない危ない。そうでなくても目立つ存在なんだから、不審な行動は極力避けなくちゃ。

 特にこいつは要注意だ。

 しつこく突き刺さる隣の男子の視線を思いっきり無視して、私は黙々とメモを取り始めた。


   *   *   *


 ここ大国ペルイーブはもう何百年も争いひとつなく、時間が止まったかのように長閑(のどか)で豊かな王国だ。

 その中心たるこのベイブシャには各地からの物流が集まり、他国との交易も盛んな多国籍都市である。瑠璃の粉が混ぜ込まれた釉薬の煌めく蒼瓦が連なる家々と、街を囲む白い漆喰の塗られた城壁は、珠玉を湛える宝石箱と謳われる美しき都市だ。そんな大都市のど真ん中、王様とそのご家族が住まわれる蒼水晶宮を囲む庭園の北端に、このペルイーブ王立学園はまるで添え物のように並立していた。

 『王立』の名にふさわしく、本来貴族位を持つ高貴なご身分の皆様しか入学を許されない狭い門戸であり、そんな大層な地位やら後ろ盾なんてない私とは、縁もゆかりもないはずの場所だった。


 それが幸か不幸か、入学が決まっていた第十三王子の気まぐれで、今年から学園の入学規定が変更された。それにより今まで貴族にしか開かれてこなかったこの学園の門戸が、一部条件を満たしたものに限り一般にまで広げられたのだ。


「一芸に秀でる者、その身分に限らず入学を許可する」


 いわゆる一芸入学である。これでいいのかエリート王立学園とツッコミたい。

 突然入学を許されたって、平民だからという差別はきっとある。

 そう思って忌避する者が大半の中、セレブが通うこの高校の内部を生で見てみたい、噂の王子様の姿など垣間見たい、出来うるならちょっとしたコネなんて作ってみたい。そんな不純な動機で浮かれる能天気もやはりある一定数いたらしく、受験会場はそれなりに混み合っていた。それを知る私自身も言わずもがな、同じ穴のムジナと言えよう。まあ友人のミヌに「入学費無料・卒業後は高級取り確定」と(そそのか)されたというのが真実だ。

 ごめんなさい嘘です、八割方は野次馬根性でした。


 とにかく、興味心に負けてそれに応募した私は、試験官が「見事!」と叫んだ芸術技能でしっかり入学が決まってしまった。

 え、どんな技能かって?

 それを説明するには私の出生に纏わる秘話を晒さねばなるまい。

 小さな製紙工場の長娘に生まれ、人知れずスクスクと育った私アーティ・クンダークは、実はなにを隠そう前世の記憶持ち、いわゆる転生者だ。

 ってもうここまでの展開でそれくらい既に予想されてるよね。

 転生の経緯なんて大したものじゃない。漆黒・ド・ブラックIT企業で社畜生活の末、三徹で一時帰宅して、一人暮らしの風呂場ですっころんで終わった儚い前世の記憶は、ある日ふと気付いたら蘇ってた。神様にご対面とか、白い空間とか、そんなありふれた前振りなんて、私にはなーんにもなかった。

 でも前世の記憶だけはしっかり取り戻した私はここぞとばかり、前世でチートなスーパー必殺技で……すみません、見栄張りました。そんなチート出来るような役立つ前世の記憶なんて私、全く持ち合わせてませんでした。だってこちとら元ヒラエルキー最底辺で膝抱えてた社畜プログラマーですよ。こんな異世界に転生して足しになるような知識なんて皆無です。


 それでもただひとつ、記憶を頼りに繰り出せる技らしき物がひとつだけ。

 街の小さな製紙工場を営む両親の娘に生まれたお陰で、まず紙だけは生まれた時から手近に沢山あった。そしてこの世界において「折り紙」はまだ誰もやってなかった。友人に引き連れられて会場までなにも考えずに辿り着いてしまった私は、その場しのぎでうろ覚えの記憶を頼りに『羽ばたく鶴の折り紙』を再現し提出した。


 いや、いくら誰もやってないって言ったって、これで一芸はないよな。


 そう思ったのだが、首を傾げる試験官さんたちの中、ただ一人、今壇上で授業やってるこの教師だけが興奮してスタンディングオベーションで私を誉め殺し。お陰様でめでたく入学が決定した。してしまったのだ。

 半分以上冷やかしの冗談だったなんて、今更言えない。


 町中で小さな製紙工場を営む私の家族や親族にご近所さん、町内会の皆様総出でお祝いされちゃって、今更「受験会場覗くだけのつもりだったんです〜」とは言い出せず。あれよあれよと言う間に入学式も終わり、セレブと席を並べる緊張の学園生活が始まってしまった。


 長年、貴族のみが通い続けてきたエリート中のエリート学校だ。今年から平民も入れますと言って「はいそうですか」とは簡単にはいかない。

 覚悟してたようなトイレに呼び出してカミソリで髪を切られるとか、机の中に生ゴミとか、水浸しの上履きに画鋲といったオーソドックスなイジメはまだ起きてない。

 だけど、平民と貴族出身の生徒の間には、確実に目に見えない壁があり、私たちは皆緊張を保ちながらお互いを監視し、平穏を装って授業を受けてるのだ。


 お隣に座るこのキラキラ美男子、サガー君は、こんな見た目にも関わらず、実は私と同じ平民出身。でも平民同士だからと、気軽に隣に座られちゃあ非常に迷惑な存在だ。たとえ同じ平民だとしても、彼は全く別の意味で目立ちすぎるのだ。


 彼はこの街でも五本の指に入る大商会、ラジャイ商会の御曹司だ。しかも一人っ子。見た目も薄茶の混じった滑らかな肌、サファイア・ブルーの輝く瞳、そしてクリンクリンの亜麻色の髪。彫りの深い整いすぎたその顔立ちは、どちらかと言うと中性的なほどに美しくて。正直隣に座られると、顔面偏差値が天と地ほど離れすぎてて辛すぎる。

 そう、街中にいくらでもある製紙工場を営む家の出の、ごく平均的ド平民の私と一緒にしちゃいけない人種であることに違いはないのだ。


 それにも関わらず、空気の読めないこのおぼっちゃまは教室に入るなり、見るからに平民ぜんとしてる私を見つけて顔を輝かせ、真っ直ぐに歩み寄ってきて私の隣に座った。

 確かにクラスで平民出は私とこのサガー君の二人だけだ。でもだからって、君が隣りに座っちゃったら、朝一番で登校して一番後ろの隅席を確保した意味がない。今もクラスの高貴なご令嬢がたの視線がチラチラこちらに向いて、その流れ弾で私まで見られてる。刺さる視線に混ざる熱源は全然違うけど。


「アーティさん、さっき言ってたのって──」


 無視を貫き、私が精一杯醸し出してた「話しかけるな」という空気を読まず、バカ御曹司が声をかけてきたその時。


 ゴワ〜ン、ゴワ〜ン、ゴワ〜〜〜〜ン


 高らかに時を告げるドラの音が鳴り響き、私たちはやっとその眠すぎる「呪文」の授業から開放されたのだった。

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[良い点] 主人公が選んだ学校は、単なるセレブ校でもなく魔法の学校だったという、魔法を使える描写もない主人公大丈夫かと、面白い設定だと思いました。 [一言] モクレンの木。確かに若い頃の学生時代には…
[良い点] 折り紙!Σ(゜Д゜) 転生もので和物が出てくると嬉しいのはなんでしょう?(笑) 魔法の使い方がこちらでの近未来的で面白い! [気になる点] 目立ちたくないというわりに、授業中にあくびとか…
[良い点] 『羽ばたく鶴の折り紙』の一発芸で入園するという展開が面白いですね! 羽ばたく鶴の折り紙、見たことがありますが凄いですよね! 満場一致ではなく、一人の先生の心に刺さって入学というのが面白い…
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