魔法剣
満一歳と数日。 午前の訓練の時間。俺は父ウォルターと二人、武道場にいた。 昨日、母との訓練でまたもや盛大な勘違いを発生させた結果、父が異様に張り切っている。
剣気の……物質化…… 昨日聞いたパワーワードが、俺の(赤子の)脳内で反響する。 意味が分からない。 剣気って、そもそも「気」だろ? 気体が固体になるようなモンか? (いや、母さんの氷結は『気体(水分)』を『固体(氷)』にした。あれと同じか?)
「セシル。よく聞け」 父ウォルターが、俺の(つかまり立ちしている)目線に合わせて、屈んでくれる。その金色の瞳は、いつにも増してギラギラしていた。
「『剣気』とは、己の意志の力だ。お前が木人を削った『剣圧』は、意志を『放つ』力。今日やるのは、意志を『束ねる』力だ」 (……なんか、精神論になってきたぞ) 俺が(中身29歳の)冷めた目で見つめていると、父はニヤリと笑った。
「まあ、お前には理屈より実物だな」 父は、持っていた大剣(今日はまた違うデザインだ)を手放し、ゆっくりと右手を前に突き出した。 その手のひらに、ジリジリと、陽炎のようなものが集まっていく。
(お……?) 次の瞬間、陽炎は「形」を持った。 ボウッ、と青白い光が収束し、父の手には、まるで『光の剣』とでも言うべきシロモノが握られていた。 長さは1メートルほど。実体はないようだが、周囲の空気を歪ませるほどの「圧」を放っている。
「これが『剣気の物質化』だ。剣聖の域に達すれば、剣などなくとも戦える。己の意志こそが、最強の剣となるからだ」 (うわー……。SFだ。ビームサーベルじゃねえか……) 俺が心の中で呆気に取られていると、父は青白い光の剣をフッと消した。
「だが、お前はまだ赤子。いきなりゼロから形を作るのは難しいだろう」 父は、俺がよだれ掛けと共に愛用している『ヒヒイロカネの短剣』を指差した。
「まずは、その短剣を『芯』にして、己の『剣気』を纏わせろ。そして、その刃を『伸ばす』イメージを持て。……お前の『氷結』の応用だと思えばいい」
(氷結の応用……?) 父の余計なアドバイスが、俺の勘違い回路に火をつけた。 氷結は、『槍の形』をオミットして、『冷却(本質)』にリソースを全振りした結果だ。 今回は、その逆か? 『刃を伸ばす』……つまり、『形』にリソースを全振りするのか?
(いや、待てよ) 俺は(中身29歳の)半導体商社マンの脳で考える。 『剣気』を『刃(物質)』に『変換』する? いや、父さんのアレは『物質』じゃなかった。『エネルギーの塊』だ。 要は、あの『ビームサーベル』を、俺の短剣の先っちょにくっつけろってことだろ?
(……『火球』の最適化と同じだ) 俺は結論に至った。 あのビー玉サイズの『省エネ火球』。あれは『出力(火)』を極限まで絞った。 今回は、その逆。 『出力』を絞るのではなく、『収束』させる。
(前世で言えば……レーザー加工だ!) エネルギーをレンズで無理やり一点に集光させ、高密度・高エネルギーのビームを作り出す。 あのイメージだ。 短剣の切っ先を『レンズ』代わりに、俺の丹田のムズムズ(剣気)全てを、切っ先の一点に『収束』させる!
「ふんっ!(※セシルの掛け声)」 俺は、満一歳児のドーピングされた全筋力で短剣を構え、ありったけの『気』を短剣に流し込み――その全てのエネルギーを、切っ先の一点に集中させた。
キィィィィィィン!!!!
(うおっ、まぶしっ!) 短剣の刃が伸びる……のではなかった。 短剣の切っ先が、まるでアーク溶接のような、目を焼くほどの眩い「白い光」を放ち始めたのだ。 それは『刃』というより、『白熱する光の針』だった。
「なっ……!?」 父が息を呑む。
(い、いけー!) 俺は、もはやヤケクソで、その白光する短剣を、訓練相手の木人に向かって(よちよちと)突き出した。
「ぷすっ!(※セシルの突き)」
ジュウウウウウウウウウウウッッ!!!!
凄まじい音と、焦げ臭い匂い。 『光の針』と化した短剣の切っ先がゴーレムに触れた瞬間、硬い石でできているはずのゴーレムの胸板が、まるで熱したナイフでバターを切るかのように、瞬時に「溶解」し、貫通した。
「「…………」」
武道場に、静寂が訪れた。 いつの間にか見学に来ていた母アナスタシアが、ドン引きした顔で口元を押さえている。 父ウォルターは、信じられないものを見た、という顔で固まり……持っていた大剣(予備)を、ガシャン!と床に落とした。
「……おい、アナスタシア……。今のは……」 父が、震える声で妻に問う。
「……ええ……。『剣気の物質化(固体化)』では、断じてありませんわ……」 母が、顔を引きつらせながら答える。 「あれは……『剣気』というエネルギーを、別属性のエネルギー……『光』と『熱』に、強制的に『転換』させています……」
母の紫色の瞳が、俺を(恐怖と歓喜の入り混じった目で)捉えた。 「この子……満一歳にして、自力で『魔法剣』の理を、編み出してしまいましたわ……!!」
(……は?? まほうけん??) 俺がキョトンと首をかしげていると、父が絶叫した。
「ば、馬鹿な!? 『魔法剣』は、剣士と魔術師が互いの技術体系を融合させる、国家機密レベルの秘儀だぞ!? それを、一人で!? 満一歳で!?」
(違う! レーザー加工の応用だっての!) 俺の心のツッコミは、もはや誰にも届かない。
「「…………」」 両親は、しばらく顔を見合わせていたが、やがて、父が(吹っ切れたように)叫んだ。
「アナスタシア! 決めたぞ!」
「なんですの、あなた!」
「セシルに『加減』を教えるのは無理だ! この子の才能は、我々の常識を遥かに超えている!」
「ええ、ええ! 全くもってその通りですわ!」
(え? なにその結論?)
俺が(嫌な予感を覚えながら)見上げていると、父が俺をゴーレムから引っこ抜き高々と掲げた。
「ならば、我々がすべきことは一つ! この規格外の才能を受け止めきれるだけの『器』と、『常識(この世界のルール)』を、最速で叩き込むことだ!」
「賛成ですわ! 早速、王都の『国立魔導図書館』の禁書庫を、丸ごと借り切る手配をします!」
「うむ! 俺は裏山の『古代竜』の寝床にでも行って、セシルのための『本物の』訓練相手を調達してくる!」
(…………は????)
俺は、父の狂気に満ちた笑顔を見上げながら、ついに心の中で意識を飛ばした。 (きんしょこ……? こだいりゅう……?)
(神様……。もう、何もいりません……、来世は、どうか、平和な……平和なカマドウマに……)
こうして、俺ことセシル・ファインダー(満一歳)の、規格外の勘違い神童伝説は、両親という最強のブースターを得て、本人の絶望をよそに、暴走列車のごとく突き進むことになったのだった。
・面白い!
・続きが読みたい!
・更新応援してる!
と、少しでも思ってくださった方は、
【広告下の☆☆☆☆☆をタップして★★★★★にしていただけると嬉しいです!】
皆様の応援が作者の原動力になります!
なにとぞ、よろしくお願いします!




