天才魔術師
生後半年で「神童」という不名誉極まりないレッテルを貼られてから、さらに半年が経過した。 俺ことセシル・ファインダーは、満一歳になった。
この半年、地獄だった。 午前は父ウォルターによる剣術訓練(物理)。午後は母アナスタシアによる魔法訓練(理論)。 母乳と離乳食(と称する「ワイバーンの肝のペースト」だの「賢者の霊薬のジュレ」だの)のおかげで、俺の身体は満一歳児のそれとはかけ離れていた。
普通に二足歩行はマスターしたし、ヒヒイロカネの短剣(既に俺の身長の半分くらいある)を振り回して、庭の木人を剣圧で削るのが日課だ。 言葉も、前世の記憶があるためか、「ぱぱ」「まま」どころか、「ちちうえ」「ははうえ」「やめて」くらいは(たどたどしくも)発音できるようになっていた。 だが、俺の「やめて」は、いつも「この程度ではやめてほしくない。もっとくれ」と超絶ポジティブに誤変換されるので、最近は諦めて無言を貫いている。
そして今日。 午後の魔法訓練。俺は地下の魔導書庫で、母の膝の上に乗せられていた。 目の前には、例の『赤子のための古代ルーン文字の絵本』。
「セシル。『火球』はもう完璧ですわね。あなたの『火球』は、一般的な術者のそれとは違い、魔力効率が異常に高い……まるで『燃焼』そのものを支配しているかのよう」 母がうっとりと俺の頭を撫でる。
(違う。前世のプログラミング知識で、『設計図』の不要な『贅肉』をカットして、最短ルートで『出力(発火)』させてるだけだ。言わば『最適化』だ) 俺の『火球』は、見た目はショボい(ビー玉くらいの火の玉)だが、消費魔力が異常に少ないらしい。 母はそれを「概念への干渉」と勘違いしているが、俺に言わせれば「省エネ」だ。
「さあ、今日は次のステップ。『氷槍』の構成図ですわ」 母がページをめくる。 そこには、『火球』とはまた異なる、青を基調とした複雑怪奇な『設計図』が描かれていた。
(……うわ、また来たよ) 俺は(中身29歳の)ビジネスマンの目で、その構成図を睨む。 『火球』が『熱エネルギーの出力』だった。 ならば、『氷槍』はその逆……『熱エネルギーの吸収』か?
(いや、違うな。構成図がもっと複雑だ。これは……『熱交換』? いや、『物質の相転移』……? 水分を『入力』して、冷却し、『固体化(槍の形)』させて『出力(射出)』する……?) 前世でかじった物理学と熱力学の知識が、赤子の脳内でスパークする。
(……待てよ。この構成図、無駄が多くないか?) 『槍の形にする』という部分に、やたらと魔力を割いている。 『射出する』部分も、運動エネルギーの変換効率が悪そうだ。
(……これ、要は『凍らせる』のが本質だろ? なら、『槍』の形にこだわる必要なくないか?) 俺は、前世で培った「コストカット」と「効率化」の精神で、構成図の『成形』と『射出』のプロセスを頭の中で大胆にオミット(削除)した。 『入力(空気中の水分)』と『演算(急速冷却)』、そして『出力(凍結)』のみに全魔力を集中させる。
「……セシル? また難しい顔をして……。まずは『槍』の形をイメージするのよ?」 母が不思議そうに言う。
(うるさい! こっちは『概念』じゃなくて『効率』を追求してんだ!) 俺は心の中で悪態をつきながら、最適化した『氷結(俺オリジナル)』のイメージで魔力を練り上げた。
「……ひゃっ(※セシルの掛け声)」
俺が赤子なりに魔力を解放した瞬間。 キィィィン……! と、甲高い金属音のような音が響き渡った。
次の瞬間、俺と母の周囲、半径5メートルほどの空間の「空気」が、凍った。
いや、正確には「空気中の水分」が急速に凍結し、無数の微細な『氷の結晶』となって、キラキラと光を反射しながら、床にハラハラと舞い落ちた。 いわゆる、『ダイヤモンドダスト』だ。 室温が、一気に数度下がった。
「…………」
「…………」
俺と母、二人分の沈黙。
(……あ。やべ) 俺は冷や汗をかいた。 『氷槍』は出なかった。 ただ、部屋をめちゃくちゃ寒くして、雪(?)を降らせただけだ。 (これ、失敗って怒られるんじゃ……)
「……あ……」 母アナスタシアが、震える声で呟いた。 その紫色の瞳は、またしても、あの生後半年(ドン引き)の時と同じ目になっていた。
「……あなた……。あなたぁぁぁぁぁ!!!!」
デジャヴである。 母は俺を抱きかかえ、地下室を飛び出し、またしても壁を数枚突き破りながら父のいる武道場へ突撃した。
「ウォルター!! 大変よ!! 大変なことになったわ!!」
「今度はなんだアナスタシア! 俺は今、セシルのための『ドラゴンころし(のミニチュア)』を鍛冶場に発注してきたところだぞ!」
(もうツッコむのも疲れたよ……) 俺が(父のイカれた発言に)ぐったりしていると、母が絶叫した。
「セシルが……! セシルが、『氷槍』の構成図を見て……! その本質である『凍結』という『概念』そのものを掌握!『局所的な絶対零度(の疑似空間)』を顕現させましたわ!!!」
(だーかーらー!!!! 違うっつってんだろ!!!) 俺は心の中で全力で否定した。 絶対零度じゃねえ! ただの『ダイヤモンドダスト』だ! 前世の北海道じゃ珍しくもねえわ!
だが、父ウォルターは、その俺から見ればアホな報告に、目をカッと見開き、歓喜に打ち震えた。
「な……なんだと!? 『形』を飛ばすのではなく、『現象』そのものを起こしただと!? 満一歳にして『概念魔術』の入り口に立ったというのか!?」
「ええ! しかも『無詠唱』で! 恐ろしい子……! 私たちの子、恐ろしい子……!」
(違う! 効率化だ! コストカットの結果だって言ってんだろ!)
俺の必死の心の叫びは、今日も、この狂喜乱舞する最強で親バカな両親には届かない。
「うむ! よし、アナスタシア! 魔法がそこまで進んだのなら、剣も次の段階だ!」 父が俺を(母からひったくるように)受け取り、高々と掲げた。
「セシル! よくやった! 『剣圧』は(ゴーレムを削れる程度には)マスターしたようだな! 明日からは、その『剣気』を『物質化』させる訓練に入るぞ!」
(……は????)
(ぶっしつか……?) 俺は、父の満面の笑みを見上げながら、ついに(心の中で)白目を剥いた。
(神様……) (もうカマドウマでいいです……。来世は、どうか、平和なカマドウマに……)
こうして、俺ことセシル・ファインダー(満一歳)の、本人の意思とは裏腹な『神童』伝説は、両親の盛大な勘違い(と前世の知識の誤用)によって、加速度的にインフレしていくのだった。
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