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魔法もいいよ

そして、地獄の三カ月が過ぎた。 俺は、生後半年を迎えた。


あの「剣圧(仮)」事件以来、父の訓練は苛烈かれつを極めた。 毎日毎日、飾り紐(すぐに柱に変わり、今では庭の木人ゴーレムになっている)に向かって剣圧を飛ばす訓練。そして、赤子用の筋トレ。 おかげで俺は、生後半年だというのに、ハイハイどころか「つかまり立ち」をマスターし、ヒヒイロカネの短剣をかろうじて振り回せるようになっていた。 前世の常識は、この家ではとっくに捨てた。


そして今日。約束の生後半年。 剣術訓練が一時的に休みになり、俺が連れてこられたのは、父の訓練部屋という名の武道場ではなく、この屋敷の地下にある、だだっ広い空間だった。


壁一面が本棚。いや、魔導書グリモワールの棚か。 床には巨大な魔法陣が描かれ、天井からは怪しげな水晶が吊り下げられている。 そして、俺を優しく抱きかかえているのは、もちろん母アナスタシアだ。


「さあ、セシル。今日からは魔法のお勉強ですよ」 母はとろけるような笑顔で俺に言う。


(父さんの物理訓練よりはマシだといいんだけど……)


「まずは、これね。『赤子の魔力循環を促す古代ルーン文字の絵本』よ」 母が俺の前に差し出したのは、分厚い、革張りの重々しい「絵本」(?)だった。


(絵本……だよな?) 俺は(中身29歳の)一抹の不安を覚えながら、その表紙を見た。 そこには、ミミズが這ったような、およそ絵本とは無縁の難解な文字(これがルーン文字か)がビッシリと書かれていた。


母が、パラリ、と最初のページをめくる。


(…………)


俺は絶句した。 そこにあったのは、「かわいいワンワン」や「きれいなお花」ではない。 人間の頭蓋骨ずがいこつとしか思えない緻密な写実画と、その周りをビッシリと囲む、先ほどと同じミミズ文字の羅列だった。


「ふふふ。これは『死霊術ネクロマンシーの基礎』のページね。間違えちゃったわ」


(初手からハードすぎるだろ!!!) 俺が心の中で全力でツッコミを入れていると、母は「あら、ごめんなさい」と数ページめくり直し、目的のページを開いた。


「はい、これよ。まずは『火球ファイアボール』の魔力構成図から覚えましょうね」


そこに描かれていたのは、もはや「絵」ですらなかった。 それは、意味不明な幾何学模様と、無数の数式(?)が複雑に絡み合った、前世で見た「半導体の設計図」もかくやという、超絶難解な「図」だった。


(……神様) 俺は、生後半年(中身29歳)にして、再び天を仰いだ。


(カマドウマのほうが、絶対幸せだった……!!)


こうして、俺ことセシル・ファインダーの、剣聖(父)による物理訓練と、大魔術師(母)による理論教育という、文武両道の地獄のスパルタ英才教育が、本格的にスタートしたのだった。


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