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新しい両親

(……うぶぁ、うぶぁ?)


 いや、声が出ない。正確には、意味のある言葉にならない。 田中悠人改め、セシル・ファインダーとなった俺は、ぼんやりとした視界の中で必死に状況を理解しようと努めていた。


(ここが、アストリアか……。天井、高いな。木製か? やたら装飾が凝ってる……)


 ベッドの天蓋だろうか。レースまでついている。なんだかものすごく高価そうだ。 生後ゼロ日の赤ん坊の視力はこんなものか、と妙なところで感心していると、ふわりと抱き上げられた。


(うおっ、柔らかい。そして、めちゃくちゃ良い匂いがする!) 視界いっぱいに広がったのは、とんでもない美人だった。 絹のように滑らかな銀色の髪、アメジストのような紫色の瞳。肌は透き通るように白い。まるで作り物のような美貌だ。


「あらあら、セシル。起きたのね、私の可愛い子」


 優しい声色に、思わず(中身は29歳独身だが)うっとりしてしまう。 これが、母さん……神が言っていた「大魔術師」か。


「どうした、アナスタシア。セシルが泣いているのか?」


 次に聞こえてきたのは、低く、良く通る男の声。 アナスタシアの視線の先に目をやると、息を呑むような厳つい男が立っていた。 背が、めちゃくちゃ高い。軽く190cmはあるんじゃないか? 筋骨隆々という言葉をそのまま体現したような肉体。短く刈り込んだ燃えるような赤髪に、鋭い金色の瞳。顔には大きな傷跡があるが、それがまた凄みを増している。


これが、父さん……「剣聖」か。どう見てもカタギじゃない。


父――ウォルターは、ゴツい指で俺の頬をツン、とつついてきた。


(うひぃ! 指が丸太みたいだ!)


「ふん。泣いてはいないようだな。俺の子だ、これくらいで泣くわけがない」


「あなた、手が大きいからセシルが怖がってしまうわ。……ああ、でも、あなたの瞳にそっくりね。この強い光」


  アナスタシアがうっとりと俺を見つめる。


(え、そうなの? 俺、このゴリゴリのイケメン親父似なの?)


  前世は平々凡々だった俺としては、複雑な心境だ。


「そうだ。アナスタシア、産後の消耗が激しいだろう。これを飲め」


 父はそう言うと、懐からゴツい革袋を取り出し、母に差し出した。


「まあ、あなた。まさか……『竜の涙』じゃないですか? あんな貴重な霊薬を」


「構わん。おまえが元気でなければ、セシルも育たん」


(え、何? ドラゴンズ・ティア? 始まる前からクライマックスみたいなアイテム名が出てきたぞ)


  俺が内面でツッコミを入れていると、母は嬉しそうにそれを受け取り、一口飲んだ。 すると。


(……は!?)


 それまで、絶世の美女ではあるが、どこか産後の疲れで青白かった母の顔色に、一瞬で血の気が差し、肌が輝き始めた。


「……ふう。さすがは『竜の涙』。魔力が一瞬で全回復しましたわ」


「うむ。それでいい」


(魔力全回復って、ポーション感覚!? いや、それより父さん、それをどこから持ってきたんだよ!)


 神様は「チートはやってない」と言っていた。 だが、この両親の存在そのものが、規格外チートすぎる。


「さて、セシル。私の可愛い坊や」 全回復したらしい母が、俺を覗き込む。 「あなたは剣聖の息子であり、大魔術師の息子。どちらを選んでもいいし、どちらも選んでもいいのよ」 「そうだ、セシル」 父も頷く。 「まずは、生後三カ月で剣を握るか、生後半年で呪文の詠唱を始めるか。それが最初の選択だ」


(……は??)


 神様、俺、本当に大丈夫でしょうか。 カマドウマのほうが、まだ幸せだったかもしれません。


こうして、俺ことセシル・ファインダーの、スパルタであろう英才教育に満ちた第二の人生が幕を開けた。

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