化け物退治の女
第7機動隊隊員、鎌形絹香25歳は化け物と相対し、所属していた部隊は崩壊した。彼女自身は胸を貫かれ死んだと認識していたが、彼女は病院で1人生存者として扱われていた。病院で起きた彼女は驚異の速度で快復した。身体的な異常が確認出来ないため経過観察をするため要通院と言い渡され、病院を退院する。その病院の帰り道、彼女は例の化け物を見つけ、変わり果てた同僚と戦う事になる。戦いの中、彼女は自身の変調を知る。一部を除いた周囲には自身の力を隠しつつ、彼女は化け物の真相を追う。
「潮見さん、あいつが例の?」
同僚の佐藤が見ている画面には化け物がいた。
濡れた様な艶。緑色の装甲には黒い縞が走る。人型の六本腕の化け物。
触角がピクピクと動く。腹に着いた腕一本ずつで民間人を一人ずつ抱えている。
「そうだ。あいつがここ最近の失踪事件の犯人だと本部は睨んでいる」
画面に映っている化け物の近くに配置されていた機動隊はこの後死んだ。
この動画は過去の映像なのだ。俺達はこの化け物に成す術もなく負けた。
生き残ったのは今病室にいる一人だけだ。
「何なんですかね? この化け物は」
機動隊は化け物の顔面に銃撃を行ったが、鉄鋼に穴を開ける一撃でも表層に動画では傷一つついた様に見えなかった。
手元の情報によると、赤外線で確認したところ民間人は既に死体と同じ体温だったため、遺体を損壊する事になるが攻撃を行うと無線で報告があったらしい。
そして機動隊の攻撃を受け、化け物は暴虐を始めた。
「そんなの俺が聞きたいよ。分かるのはこれは俺達の敵だという事だけだ」
「目が覚めましたか? 鎌形さん」
誰の声だ? それに……知らない天井だ。私はどこにいるんだろうか?
この声の彼女は誰だろう? 白い服だ。……ナース服?
身を起こそうとすると体を引き裂く様な痛みを感じ、私は思わず呻いた。
「鎌形さん! 気をつけてください! あなたは胸に穴が開いていたんですよ! 安静にしてください!」
穴? なんでだ?
私はナースの彼女にゆっくりと身体を横たえられながら頭を働かせていく。
わからない。私は最後に何をしていた?
「今日は何日だ?」
口調が荒くなる。頭に血が廻らない。
痛みをこらえながら目を動かして時計を探す。
ナースの彼女に肩を抑えられ、体が動かない様に固定された。
「今日は4月7日。日曜日よ。あなたは4日間眠っていたの」
4月7日? 4月3日に何があった? 4月2日は確か会議をしていた。
あれは何の会議だった? 失踪事件が警察では手を負えなくなったという話だった気がする。
何故失踪事件が警察の手に負えなくなった?
「私の手帳と携帯はどこだろうか?」
聞き込みの結果踏み込んだ先死体があったという話や化け物を見たという話が出たんだったか。
そして刑事さんが何名か行方不明になり、対応の実行を私の所属するチームが受けた。
……そうだ。私は4月2日に化け物と相対したんだ。そして私は化け物に殺された……そのはずだ。
「あー、ちょっと待ってね。取ってくるわ」
私は胸元へ手を伸ばした。包帯の感触がした。
私は化け物に腕を突っ込まれた。この胸の真ん中に。
私は何で生きているんだ?
胸を貫かれた感触が蘇ってくる。
熱い。じくじくする。頭が真っ白になる。
痛みは過ぎれば感じないという事だろうか。
あの化け物は何だったのだろうか?
分からない。胸元の違和感が消えない。
私は大丈夫なのだろうか?
「お待たせ~。ご注文はこちらの品で大丈夫でしょうか?」
私の携帯で間違いない。手帳も間違いなく私のモノだ。
まずは意識を取り戻した事をリーダーに伝えないといけない。
私が生きているんだ。他の人もきっと生きている。
「ありがとう」
伸ばした手は怪我の影響か、小刻みに揺れてしまい、感触に思わず歯噛みする。
ナースの彼女に手へ携帯を入れてもらったお陰でなんとか掴む事が出来た。
震える指で連絡先からリーダーの名前をタップする。
気の抜けたリズムの呼び出し音がする。
ワンコール。ツーコール。呼び出し音が酷く嫌な感じで長く聞こえる。
そして数分続いた呼び出し音は留守番電話に代わった。
怖くなった。
私はもう一度リーダーに電話をした。
でも電話がつながる事はなかった。
「あ、そういえば!」
ナースの彼女はことさら明るく声を出した。
私はきっと土気色になっているだろう顔を彼女に向けた。
彼女はポケットから手帳を出し、最後のページを開いた。
「この電話番号に起きたら電話してほしいってあなたの上司さんが言っていたわ」
その電話番号の下には機動隊の大隊長の名前が書いてあった。
「失礼致します。第七機動隊山岸隊隊員、鎌形絹香です。ただいま目覚めました」
怪我とは別の意味で震える手で何とか入力し、私は何を話したらいいのか分からないまま電話をかけた。
リーダーであれば起きた報告と現状確認と今後の方針の確認で問題ないと思う。
だがそれが雲の上の大隊長となると分からなくなるのだ。
「起きたか。鎌形隊員。早速で悪いが、君の隊は君以外全員が殉職した事を伝えよう。この上で君はどうする?」
殉職? 私以外の全員が? どうして? 私だけ? 殉職? リーダーも?
分からない。言葉は理解できるのに、薄っすら想像していたのに、受け入れようと思うと頭が受け付けなかった。
私よりも強い人がなんで死ぬんだ? なんで私は生きているんだ? わからない。
口から漏れる呼気が荒くなる。
頭の中の冷静な部分は現状を受け入れられないから過呼吸を起こしていると診断。
でもそれを理解しても体を抑える手段を私は取れなかった。
「いきなりこの様な状態になってしまって非常に混乱しているのは理解している。トラウマが出来てもおかしくない状況だ。別の隊に加入するも辞めるも自由だ。君がどのような選択をしても私は受け入れようと思う。返事が決まったら教えてくれ」
大隊長の声は遠くに聞こえた。
心が止まってしまった。
大きな傷は胸の中央だけ。手足には擦過傷がある程度。
胸の傷も断面が綺麗だったらしく治りが早く、早期の退院が決まった。
CTを撮っても血液検査をしても何の異常もなく、医者の先生はすごく不思議に思っているらしい。
何の異常も見られない人にベッドを占有は許容できないが、時折顔を見せろと言われた。
回復が早過ぎるから異常が出たら知りたいとの事。
傷があった場所を触れるとなめらかな肌になっていた。
この部分につい一月前まで心臓に届く穴があったと誰が信じるだろうか。
私自身が一番信じられない。ともすれば仲間が死んでしまった事も夢だと思ってしまうくらいに。
こんな顔をしていたら新留さんが頬を突いて笑うだろう。
福水さんだったら背中を叩くだろうか?
久保澤さんならコーヒーを飲みながらふすっと鼻を鳴らすだろう。
でもこの一月彼らは来なかった。他の隊員も来なかった。
それが答えなのだろう。
私は病室を巡り、私と一緒に任務に当たったメンバーの名前を探した。
でもなかった。
あの事件の生き残りは私だけなのだ。
頬を春の温かい風が撫でた。空気は時折冷たい。
空を見上げれば心と裏腹に温かな日差しを私にぶつける太陽があった。
温かさを感じる程にお腹に冷たい何かが溜まっていった。
「 」
声が聞こえた気がした。
辺りを見回すといつか見かけた緑色の甲殻が角に消えるのが見えた。
私は思わずそちらへと走った。
角を曲がると道の先また角を曲がる姿が見えた。
私は追った。走った。
怒り? 恨み? 私は何かつかめない感情に任せて無心に追いかけた。
普段であれば誘われていると考えて、無線などで連絡を取り、現状報告をしながら部隊で連携を取っただろう。
この時はそれが思いつかなかった。
気がつくと山の中まで追いかけていた。
そこにはリーダーの姿があった。
右肩から先を緑色の甲殻に変えて。
後ろには他にも人影があった。
体の一部を緑の甲殻に変えた人たちが。
顔を見ると知っている顔がちらほらと。
怖くなった。
その瞳には知っている色はなかった。
逃げた。怖かった。そこには居たくなかったから。
泣きながら逃げた。怖かった。知っている人の顔で知らない表情をしていたから。
でも自分の取っている行動が苦く悔しくなった。取るべき行動じゃなかったから。
足を止めた時、近くまで来ていた足が甲殻になった人に、私は振り向きざまに蹴りを放った。
足はその人の肩にぶつかった。そして5m近く吹っ飛ばした。
意味が分からなかった。普通蹴っても人サイズのモノは吹っ飛ばない。
分からなかった。
でも嬉しかった。
この力があればなんとかなりそうだから。
私は笑った。





