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献花。それは、花を供えること。または、その花のこと。
慰霊。それは、亡くなったひとの霊をなぐさめること。そのための石碑を、慰霊碑とよぶ。
湖畔に聳える慰霊塔は、左右に出入口が二か所あり、出入口付近では、参列者が逆走したり狼藉を働いたりしないか、または介助や救護の必要が無いかどうかと、屈強な警備員が目を光らせたり、医師が控えたりしている。
塔の正面には階段状の大理石の祭壇があり、祭壇の奥には縦長の窓が三つある。三つの窓から差し込むスリット状の光によって、祭壇が柔らかに照らされ、そこに置かれた多種多彩な花々もまた、ひときわ輝いて見える。
祭壇の反対側の壁には窓が無く、壁に沿って二列に並んだ少年少女が交代で、鎮魂歌を歌っている。
そんな厳粛な空気の中で、ガッタたち三人は、参列者とともに一方通行に静々と歩いている。
「わぁ。きれいなおはながいっぱい」
ガッタは、いつもとは違う雰囲気を肌に感じ、非常に控えめな囁き声で言った。
塔に入る前に、中では絶対に声を出してはいけないと言っていたルナールだったが、靴音や合唱の声に掻き消される程度のボリュームだったので、聞こえなかったフリをした。
ニースは、そんな二人を気にする余裕もない様子で、沈痛な面持ちのまま、祭壇を見据えていた。
やがて、祭壇の目の前まで列が進むと、ニースはスッと足を止め、持っている五十本の紫薔薇の花束を置き、ゆっくりと瞼を閉じ、深く頭を下げた。
少し遅れてルナールも、同じように目を閉じ、祭壇へ向かって一礼した。ガッタは、敬礼の理由が分からず戸惑いを感じながらも、二人の真似をして神妙な顔つきでお辞儀をした。
ニースとルナールが、頭の中で、それぞれ何を想い、何を考えていたかは、各人の秘密としておこう。
十秒ほど、そのまま同じ姿勢を保っていたが、やがて三人とも頭を上げ、祭壇から一歩退き、来た時と反対の出入口へ向かって歩き出した。
「ねぇ、ニース。もう、しゃべっていい?」
「あぁ、構わない」
すでに喋っているではないか。そう指摘したい気持ちを抑え、塔を出るやいなや口を開いたガッタに対し、ニースは答えた。その横では、ルナールが無言のままニコニコとしている。
しばらく湖畔の遊歩道を歩いていると、ガッタが道の先にある幅広の桟橋を指さしながら言った。
「ニース、ニース! あそこで、おもしろいことしてるよ。あのおねえさん、ぬのをかぶってなにしてるの?」
「あれは、記念撮影だな。湖畔の眺望を背景に、写真を撮っているところだ」
「しゃしんをとると、どうなるの? なにか、とられるの?」
「今の姿を、のちのちまで記録しておくことが可能になる。それ以外に、何も取られることはない」
「よかった。じゃあ、いっしょにとろうよ、しゃしん。せっかく、おめかししたんだもの」
ガッタは乗り気だが、ニースはあまり気が進まない様子である。そこへ、ルナールがガッタに加勢した。
「一枚くらい、ガッタちゃんの写真があった方がよろしいのではありませんか? 私は構いませんよ」
「ほら、ルナールもいいっていってるよ? ニース、おねがい!」
結局、断る理由も思い浮かばなかったニースは、ガッタのわがままを叶えることにした。




