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すぐに出掛けるから消化に良さそうな食べ物を、というニースのひと声で、ブレックファーストはバゲットとヨーグルト、それにチェリーやマスカットなどのフルーツを添えただけのシンプルな物になった。
これだけ見ると、修行か減量でもしているのかと疑いたくなるメニューである。だが、ガッタには興味深いメニューだったようである。
「むっ。このぎゅうにゅう、だめになってる」
「あらあら。これは牛乳じゃないから、そのままでは酸っぱいだけよ、ガッタちゃん」
ヨーグルトに未知の素材を見るような目で見ていたガッタは、スプーンで少し掬って口に運んだが、すぐに口角を下げてルナールに感想をもらした。ルナールは、スライスしたバゲットの上に瓶詰のベリージャムをスプーンで塗ると、それを匙のようにしてヨーグルトを掬い、ガッタの口元へ運んだ。
「はい、あーんして」
「あーん」
「今度は、どうかしら?」
「うん。これなら、たべられる」
二つ三つ食べさせると、ガッタは自分でバゲットにジャムを塗り、ヨーグルトを掬って食べるようになった。ルナールは、そのあいだに自分の胃を満たすことにした。
向かいの席に座っているニースは、二人の仲睦まじい姿を控えめに観察しつつ、ナイフとスプーンで器用にフルーツの種を取っては、次々に口へ運んで行った。
それから少しして、食事を終えた三人は、これから向かう先に相応しい服装に着替えていた。
ガッタもルナールは、黒ずくめではないが、派手さを控えたフォーマル寄りのアンサンブル姿になっている。
ガッタは鏡を見ながら、ベッドの上にリボンを並べ、襟元のワンポイントを何色にするか悩んでいた。試しに青いリボンを襟元に当ててみていたが、どこか不満げである。
「あんまりオシャレじゃないね。やっぱり、こっちのリボンのほうが、かわいいよ」
ガッタは青いリボンをベッドの上に置き、さっきまで髪を結ぶのに使っていた赤いリボンを手に取って襟元に当てた。だが、斜め後ろから鏡を見ているルナールは、浮かない表情である。
「たしかに、ガッタちゃんにはスカーレットのリボンは似合うと思うわ。でも、鮮やかなは血を連想させるから、今回は避けないといけないの」
「そうなんだ。むずかしいね」
ガッタは、持っていたリボンをルナールに返すと、違う色のリボンを襟元に当てた。
「こっちは、どう? さっきより、ちょっとおとなしいけど」
「いいわね、リーフグリーン。落ち着いてて、お姉さんに見えるわ」
「ホント? じゃあ、これにする!」
ルナールがホッと安堵していると、ダークバイオレットのタイを結び、揃いの生地のベストとスラックスを着たニースが、様子を伺いに下へと降りてきた。二人の着替えを見ないよう、梯子に身体を預けて背を向けている。
「振り返っても問題ないかい?」
「もうちょっとだけ、まって。リボンをむすんでるから」
ガッタは急いでリボンを結ぼうとするが、何度やっても結び目が縦になってしまったので、ルナールが代わりに結ぶ。
「もういいよ」
ニースが振り返ると、ガッタはスカートを指先で摘まみ、プリーツを少し広げて見せながら、ニッコリと微笑む。
「どう? かわいい?」
「あぁ。とても似合ってるよ」
「よかった! ニースも、すごくカッコイイよ」
「ありがとう」
着替えを終えた三人は、ようやく目的地へと向かう準備が整った。ガッタはニースと手を繋ぎ、ニースは、もう反対の手で前夜に水切りしておいた紫薔薇の束を持ち、ルナールはハンドバッグを片手にして、揃ってペンションをあとにした。




