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湖畔に建つペンションのダイニングでは、ニース、ガッタ、それからルナールの三人がチーズフォンデュを楽しんでいる。
いや、正確に言うと、楽しんでいるのはガッタとルナールの二人だけかもしれない。
「しろいほうが、あっさりしてるね」
「ホワイトアスパラガスは、日光に当てないで栽培するから、青臭さが少なくなる」
「じゃあ、こんどは、さっきたべたむらさきの」
「ちょっと待ってくれ、ガッタ。どうして今日は、僕にばかり頼むんだ?」
ガッタに食べさせてばかりで、自分で食べる隙が無いニースは、フォークを取り皿の縁に置いて疑問を呈した。
二人の向かいの席に座るルナールは、鍋の中のチーズの嵩が減ってきたのに気付き、三角に切ったチーズの塊を手に取り、鑢状のグレーターで削って鍋に追加する。
「ニースにおねがいしたいからなの。あっ、ニースもたべさせてあげよっか?」
ニースのフォークをガッタが手に取ろうとしたので、その指が触れる前にニースはサッとフォークを持ち、ズッキーニに刺してチーズの池に潜らせる。
「答えになってないし、僕は大人だから、自分で食べられる」
「えんりょしなくてもいいのに。ねっ、ルナール?」
「きっと、ニース様は恥ずかしいのよ、ガッタちゃん」
「なんで、はずかしいの? ルナールがみてるから?」
「しばらく席を外しましょうか?」
ルナールが席を立とうと腰を浮かせたので、ニースはそれを止めてから、ガッタに複雑な心境を伝えようとする。
「二人きりにしないでくれ。別に、恥ずかしいからではない。ただ」
「じゃあ、いいじゃない。きーまった!」
ガッタは、ニースの話を途中で遮り、腕を伸ばしてニースの手からフォークを奪い取り、チーズが落ちないようにクルリクルリと向きを変えつつ、ニースの口元に差し出す。
「はい、あーんして?」
「……あー、んっ!」
ニースは、ルナールから好奇の目で見られているのに気にしつつも、無邪気な笑顔で見つめるガッタを無下に出来ず、口を開けてズッキーニを頬張った。だが、まだチーズが冷めていなかったため、ニースは片手で口を押さえながら俯き、しばし仔犬のようにプルプルと小刻みに震えた。
「ニース、だいじょうぶ?」
「……あぁ、平気だ。ルナール、水を」
「はい」
あっつあつのチーズに包まれたズッキーニを何とか咀嚼して嚥下すると、ニースは平生を装ってガッタの呼びかけに応え、すぐにルナールの方を向いて言った。
ルナールは、ニースの目元に薄っすら涙が浮かんでいるのに気付きつつも、素知らぬ顔で水を入れたグラスを渡した。




