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ガッタが牛の世話を担当している男性に抱きかかえられていたのは、乳搾り体験のあとに原因がある。
牛小屋の横には、何本かの樅の木が並んで生え、太い枝にロープを吊るしてブランコが作られていたり、幹のあいだにネットを渡してハンモックが設置されたりしてあった。
それを見つけたガッタが好奇心を刺激されないはずはなく、男性から許可を得るやいなや、脇目も振らずに駆け寄り、全力で遊び倒したのである。
「つまり、遊び疲れただけというわけか」
「はい、そういうことです」
「よく食べ、よく遊び、よく寝ることは、子供の成長にもってこいだな。ガッハッハ」
ルナールがニースに説明した後、男性が大口を開け、腹を揺らして笑う。それでもガッタは、深い眠りに就いているようで、起きる気配が無い。
そこへ馭者がやってきて、馬の交換が済んだことを知らせた。ニースが、すぐに出発するから用意してくれと告げると、馭者は急いで馬車へと戻って行った。
「馬車まで嬢ちゃんを運ぼうか?」
「いや、僕が背負っていく。それより、つかぬことを聞くようだが……」
ニースは、牧場の二人にガッタと同じような特徴を持つ人物を知らないか、もしくは、ガッタを探している人物に心当たりが無いかと尋ねた。だが、二人とも顔を見合わせて首を傾げるばかりであった。
「さぁ、わからないねぇ」
「そうねぇ。珍しい子だとは思うんですけど。ごめんなさい」
「知らないなら、それで結構だ。君たちが謝る必要は無い」
そう言うと、ニースは別れの挨拶をし、男性からガッタを受け止め、背中に負って馬車へと歩き出した。ルナールも、三人分の手荷物を持ってついていく。
そして馬車までもう少しというところで、ガッタはパチパチと数回瞬きしてからハッと目を覚まし、眼前に見える長い銀髪と尖った耳から、ニースにおんぶされていることに気付いた。
「ニース、おろして」
「起きたのだね。歩けるかい?」
「あるく!」
立ち止まったニースが膝を曲げると、ガッタはタンと両足を揃えて背中から降りた。
「こんどのおうまさんは、きいろいのね。ここまで、はいいろだったのに」
馬車に繋がれた馬の毛色が、葦毛から月毛に変わっているのを横目に見つつ、ガッタは先に乗ったニースに両手を引かれながら、大股でステップに足を掛けて乗り込んだ。




