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ガッタとルナールは、ログハウスと同じように、丸太と板を組み合わせただけの素朴な造りの牛小屋の中へと入った。
ほとんどの牛が外に出払ってガランとした小屋を奥へ進むと、カフェに移動する途中に犂を牽いていた水牛が、牽かせていたガゼル属の男性とともにスタンバイしていた。三人の姿に気付いた男性は、眩しいほどの笑顔で大手を振った。
「わぁ~。ちかくでみると、おっきいね」
身長が四フィートほどのガッタに比べると、体長が五フィート半はある水牛は非常に大きく見える。遠目では、そこまで巨体に見えなかったのは、一緒にいる男性が、背丈が七フィート近く、頭には立派な角を生えていて、首から下は筋肉で堅肥りしているからである。
「それじゃあ、お嬢ちゃん。あとは、このおじさんに教わってね」
「はーい!」
オーナーの女性がその場をあとにすると、男性は自分と水牛について軽く紹介してから、二人に乳搾りのレクチャーを始めた。
足元にバケツを置き、踏み台の上に座って指示を待つガッタに、男性は片手の人差し指を下向きに立てて乳に見立てながら説明をする。
「まずは、親指と人差し指で、ギュッと乳の付け根を押さえる」
「ギュッ」
「そうそう。逆流しないよう押さえたまま、残りの三本の指を上から一、二、三と順番に閉じる」
「いち、に、さん」
「よしよし。あとは、下にグイッと引っ張って絞り出す」
「グイッ。……あ、あれ?」
ガッタは男性に言われた通りの動作をしたが、乳頭からはミルクが出てくる気配が無い。
「でないよ?」
「嬢ちゃんの力じゃ、ちょいと弱いのかもしれないな。手を貸そう」
そう言うと、男性はガッタの手を覆うように包み込み、ガッタが持っている上から握って下へ引っ張る。
すると、さっきの停滞ぶりが嘘のように、ピューッと勢いよくミルクが出てきた。
「わっ! ほんとに、ミルクがでた」
「一度出てくれば、続けて出てくるだろう。今度は一人でやってごらん」
「よぉし。ギュッ、一、二、三、グイッ。おぉ~!」
男性が手を離したあと、ガッタ単独で最初と同じ動きを繰り返したところ、勢いは弱いものの、ミルクを搾り取ることに成功した。
なんとなくコツが分かって来たガッタは、何度も一連の動作を繰り返し、バケツの底には乳白色の液体が徐々に溜まっていった。
嬉々として乳搾りを続けるガッタを、男性とルナールは、慈しむような温かい目で見守っていた。




