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ふたりで暮らせるかな  作者: 若松ユウ
Ⅵ パールの月
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085

 短い角と尻尾が生えたガゼル属の女性オーナーに案内され、三人は出窓の向こうに牧場一帯を望むことができる席へ着いた。 木のぬくもりが優しい雰囲気を作り出しているカフェ店内には、天窓からも柔らかな日差しが降り注いでいる。

 窓の向こうで四ッ足の草食獣たちが、めいめい勝手気ままに過ごしているのを眺めつつ、朝に採れたばかりの卵で焼いたオムレツや、ルッコラなど新鮮な夏野菜をふんだんに使ったサラダを堪能した。

 立地が過密地域なら、予約の取れない人気店になりそうであるが、今このカフェの中には、三人以外に来店客の姿はなく、さながら貸し切り状態になっている。


「キレイに食べたわね、ガッタちゃん」

「うん。おいしかった。オムレツの、モッチャ、モッチャラレ……」


 ガッタが言葉を探していると、ニースが正解を出した。


「モッツァレラかい?」

「そう、それ! おもしろいおなまえね」

「モッツァレラという名詞は、引き千切るという意味の動詞『モッツァーレ』から来ている」

「ひきちぎるチーズなの? まるいとか、しろいとか、やわらかいとかじゃなくて?」

「完成形だけを見ても、ピンと来ないだろうね。製造工程を見れば一目瞭然なのだが、水牛の乳を酵素で固めて出来た大きな塊を、両手で頃合いのサイズに千切り取りながら作られるのだよ」

「へぇー。ニース、ものしりね」


 どこまで理解出来たか定かではないが、ガッタはニースの説明に感心し、ひとまず納得した。ルナールも、いつも隙のないニースの解説に、言葉を呑んだ様子である。

 と、そこへ、三人を席へ案内したり、自慢の料理を振舞ったりしたオーナーがやってきて、一つの提案をした。


「今しがた、馭者さんとお話ししたんですが、替えの馬が到着するのが遅れてるみたいなんですの」

「そうか。我々は急がないが、長居されると困る事情でも?」

「いえいえ。ただただ待ってるのも、なかなか退屈かと思いましてね。これから牝牛の乳搾りをするので、よければ体験されてみては、いかがかと。どうかしら、お嬢ちゃん?」

「ちちしぼりって、なんなの?」


 ガッタが素朴な疑問を口にすると、今度はルナールが説明した。


「牛さんから、ミルクをもらうことよ。さっき食べたチーズも、牛さんのミルクで出来てるの」

「そうなんだ。おもしろそう。ちちしぼり、やりたい!」


 このあと、ガッタの強い希望もあり、ルナールとガッタの二人は、オーナーとともに牛小屋へと移動するのだが、なぜニースは参加しないかと言うと、

 

「ニースは、いかなくていいの? うしさんとなかよくなれるかもよ?」

「乳搾りなら、僕も幼少期に体験したことがあるんだが、終わる直前に、急に牛が暴れてね。シャツは破れるし、髪は涎でベタつくしで散々だったんだ。あと、これは山羊の乳搾りの時の話だが、後ろ足で蹴られたこともある。だから、遠慮するよ」

「そう。それじゃ、ニースのぶんもがんばってくるね!」


 トラウマがあるからである。長く生きていると様々な経験をするが、良いことばかりではない。

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