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「ニース、おなかすいた」
「うむ。汽車が遅れているみたいだな」
「何かあったのかしら?」
「何でも良いけど、早く来てくれよ。腕が千切れそうだ」
夕暮れのプラットホームでは、手ぶらのニース、キャスケットを被ったガッタ、デイリーバッグとリュックを持ったルナール、そして、やじろべえのようにトランクを両手に持ったシュヴァルベが立っている。
ホームにベンチはあるのだが、四人がビーアンドビーで帰り支度をしているあいだに夕立があったらしく、木製のベンチは、ぐっしょりと濡れている。加えて、ホームには屋根が無いため、石造りの表面も溝に水が溜まっている。そのような状態なので、四人は、座ることも荷物を置くことも出来ず、汽車の到着を待つしかない。
ニースは、いぶし銀の機械式懐中時計をスラックスのウォッチポケットにしまい、シュヴァルベの横に立ってた訊ねた。
「右と左、どっちが軽いんだ?」
「おっ! 持つ気になったか。右の方が断然軽い」
「では、重い方を持とう」
ニースは、シュヴァルベが左手に持っているトランクを取り上げ、重さを確かめるようにわずかに上下させた。
「それほど重くないな」
「だって、軽いって言った方を持つと思うじゃん。ホントに重たいのは、こっち」
「そういうことか」
「騙そうとする方が悪いわね」
ニースとシュヴァルベの会話に、ルナールがツッコミを入れていると、汽笛の音が鳴り響く。
「やった! きしゃがきた!」
煙突から立ち昇る黒煙、次いでボイラー、最後に牛避けが見えてきたところで、ようやく汽車がホームに入線した。
車掌が下りてきて客車のドアを開けて回ると、めいめいに荷物を持った多種多様な乗客たちが、ぞろぞろと降りて来た。
「わっ! おきゃくさんがいっぱい!」
「なるほど。混雑してたから、乗り降りに時間が掛かって遅れたんだな」
降車客の波が収まってから、ニースたち四人は、ようやく汽車に乗ることが出来た。




