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「あっ、美味しい」
「ねっ? おいしいでしょ」
ニースがミオと話し込んでいる頃、オンサのパン屋では、ガッタの呼び込みによって、ルナールとシュヴァルベが来店していた。
他に客がいない店内では、ガッタ、ルナール、シュヴァルベ、そしてオンサの四人がテーブルを囲んでいる。テーブルの上には、焼き過ぎて角が焦げているデニッシュやシナモンロールがバスケットに入れられて置かれている。イートインスペース一帯には、バターの甘い香りが広がっている。
「ホント、ホント。これで、おっかない店主が出て来なかったら、バカ売れするだろうに。――イテテ、イテイテ。頼むから、尻尾を緩めてくれ」
「あんまり調子に乗ってると、窯の中に放り込んで、焼き鳥にするよ」
「目くじらを立てるなって。冗談が通じないんだから」
「言って良いことと、悪いことがある」
「わかった、わかった。でも、もったいないと思うのは本音だぜ? ニコニコ愛嬌を振りまいてりゃ、贔屓してやろうかなって気になるのにさ。ちょっと笑ってみろよ。――アタタタタ。だから、尻尾を巻き付けるなっての」
「笑い種もないのに、ヘラヘラできるか」
ガッタとルナールは、パンをシェアしながら、終始のほほんとした会話を交わしているが、その向かいに座るシュヴァルベとオンサは、ドツキ漫才さながらの掛け合いを繰り広げている。
「わたしも、にこにこしてるほうがいいとおもう。ねっ、ルナール?」
「そうね、ガッタちゃん。――シュヴァルベ。あなた、こういうの得意でしょう? お手本を見せてあげなさいよ」
「えっ、俺が?」
「なんだ、出来ないのか? 他人に偉そうに意見しておいて」
オンサが煽るように言うと、シュヴァルベは立ち上がり、バスケットを腕に抱え、オンサのシャツの袖を掴んで店の外へと引っ張りながら言った。
「よーし、わかった。手本を見せてやるから、ついて来い!」
「ほぉ、面白いじゃねぇか。とっくり拝見させてもらおう」
シュヴァルベはドアノブを引くと、すぐに威勢よく啖呵を切ろうと口を開きかけた。が、反対側にはニースが立っていた。同じタイミングでドアノブを掴もうとしていたことに気付いたシュヴァルベは、外に出ようとするオンサにバスケットを預けて両手で押し返した。
ニースが店内に現れると、ガッタは勢いよくイスからジャンプし、ニースの懐に飛び込んだ。ニースは、走ってきたガッタを両手を広げて抱きとめると、そっとガッタの小さな背中に大きな手を添え、安心して泣きそうになっているガッタを優しく包み込んだ。
「ニースだ~。よかった~」
「探したよ、ガッタ。言いたいことは山ほどあるが、ひとまず、無事で何よりだ」
「ごめんね、ニース」
「僕の方こそ、ちゃんと見ておくべきだった。すまない」
オンサは、このエルフの青年がニースかと納得した。ルナールは、当初の予定とは違うが、日が高いうちに再集合できて良かったと、ホッと胸を撫で下ろした。
「あー、感動に水を差すようで悪いんだけどさ。俺は、どうしたら良い?」
「知るか! それくらい、自分の頭で考えやがれ」
シュヴァルベは、オンサのストレートパンチを鳩尾に決められ、しばらく悶絶していた。
結局、ニースたちは、このままオンサのパン屋でランチを済ませ、失言の多かったシュヴァルベだけ店に残し、三人はマーケット巡りを続けることにした。
「なんで、俺だけ居残りなんだよ」
「うるさい。口より手を動かしな、燕野郎」
シュヴァルベがビーアンドビーに戻ってきたのは、すっかり日が傾いてからであった。




