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光があれば陰がある。光が明るく見えやすいほど、陰は暗く見えにくくなる。
路地を抜けてガッタが迷い込んだ裏通りは、ところどころ石畳が割れたり角が欠けたりしたままにされ、立ち並ぶ店にも、窓の裏に布が張られた空きテナントがポツポツと存在している。人通りも、表通りより格段に少ない
ガッタは、表通りの方から見えていた骨董品を並べる店の前に立つと、どの品にも小さな札が括り付けられ、札には四桁の数字が書かれているていることに気付いた。
「これもよっつ、あれもよっつ。なんのかずなんだろう?」
「それは、売りに出す日付だよ」
「わっ! ビックリした」
窓に両手をついて骨董品を見つめていたガッタの横に、いつの間にか、ヤマネのような耳と尻尾を持つ、小柄で出っ歯の老人が立っていた。
「まぁ、驚かせてしまったようだね。ゴメンよ。ここは私の店で、質屋なんだ」
「しちやさん?」
「そう。お金が無い人に、お金の代わりになりそうな物を持って来てもらって、それと交換でお金を貸してあげる商売をしてるんだ。ここに並べてあるのは、貸したお金を返しに来なかった連中が置いていった、質流れの品さ」
老人は、にっこり笑って懐から葉巻を取り出すと、マッチを擦って火を点け、一服する。
ガッタは、葉巻の先や老人の鼻孔から煙が上がっているのを、不思議そうな目で見ながら言った。
「おばあさん、きしゃみたい」
「ガハハ。面白いことを言う嬢ちゃんだ。気に入ったよ。どうだい。店の奥に、もっと良い物があるんだが、見てみないかい? キャンディーもあるよ」
「おもしろそう! みせてみせて!」
「よろしい。それじゃあ、ついておいで」
ガッタは老人のあとに続いて質屋に入り、表から見えない店の奥へと姿を消した。ガッタが店に入るのを、豹のような耳と尻尾を持つジャガー属の筋骨隆々とした女性が見掛けていた。女性は眉間にしわを寄せつつ、窓の隅から店内を覗いた。
それと、ほぼ同じタイミングで、ようやくニースが裏通りにやって来た。右を見渡し、左を見回し、どこかに赤い風船が浮かんでやしないないかと鵜の目鷹の目で探すが、すぐに通りから目視で確認できる範囲に、ガッタの姿はない。ニースは、とりあえず目撃情報を集めるべく、傘のマークを軒下に吊るした荒物屋へと足を踏み入れた。荒物屋と質屋は、斜向かいの位置に建っている。
「ごめんください」
「はーい。おやおや、エルフの旦那。何か、ご入用ですかな? ご覧の通り、うちにはロープや箒くらいしかありませんぞ」
「悪いが、買い物客じゃないんだ。迷子を捜していてね」
「はぁ、迷子ねぇ。はて? エルフの坊っちゃん嬢っちゃんなんて、とんと目にしてないきがするが」
「捜してるのは、ヒト属の子供だ。年は七歳で、黒い髪に赤い瞳をしていて、赤い風船を持っている」
「おやおや。そんなに珍しい坊っちゃんなら、見掛けたら覚えがあるはずだ。しかし」
「あぁ、すまない。子供の性別は、女なんだ。見てないか?」
「さぁ、どうだったかねぇ。ちょいと、うちの倅にも聞いてみよう。しばらく、そこへ腰掛けて楽にしててくれ」
長い髭を蓄えたドワーフ属の店主は、ニースに木の丸椅子を勧めると、店の奥のドアを開け、雑多なものが不規則に置かれた生活感あふれる住居スペースに移動し、よいせこらせと掛け声を出しながら、二階へと上がって行った。
ニースは、店主の様子が気になりつつも、あまりジロジロと観察するのは品が無いと思い、棚に置かれたキッチン雑貨を見るともなしに見ながら、座って待つことにした。




