056
ミミまでキツネ色に焼けた生地、こんがり焦げ目のついたチーズ、そして、出来立ての蒸気とともに漂うバジルのスパイシーな薫り。
そんな三重奏のハーモニーを前にしては、健啖家ならずとも、食欲をそそられずにはいられまい。
「わぁ~、おいしそう!」
真っ赤な瞳を研磨したルビーのように輝かせ、ガッタは、ポルカドット柄のクロスが掛けられた丸テーブルの中央に置かれたピザに心を奪われている。今にも涎を垂らさんばかりにポッカリと大口を開けているガッタの横では、ルナールが膝上に置いたナプキンに片手を添えて構えつつ、慈しむような優しい目をして見守っている。
「熱々が一番うまいから、冷めないうちに食べてくれよ。ほら、カッター」
「あぁ、どうも」
ドラゴン属のピザ職人から、鱗と同じ色の刃が装着されたピザカッターを受け取ると、ニースは、円の中心点から放射線状に刃を走らせて十二ピースに切り分け、カッターを木皿の端に置いた。そして、十二ピースの中から一番具材が多く乗ってそうなピースを持ち上げ、ガッタの取り皿の上に置いた。
「これがピザだよ」
「ほぉ~、これがピザか。たべてもいい?」
「もちろん、いいとも」
「いっただっきまーす」
ニースからのゴーサインが出るやいなや、ガッタはピザのミミを両手で持ち、口を大きく開いて思いっきり齧り付いた。そして、口内で食材の旨味を堪能しつつ、手にしている方のピザを取り皿に置こうとしたガッタだったが、頬張り過ぎたせいか、口の端からどこまでもチーズが伸びる。ガッタは、腕の可動範囲いっぱいに上下左右にピザを動かし、なんとか乳白色の糸を断ち切ろうとする。
「ん! むむむ、ぐぅ……」
「あらあら、ガッタちゃん。ちょっと欲張り過ぎたわね」
とろけるチーズに苦戦するガッタを見たルナールは、口に運ぼうとしていたピザを自分の取り皿に一旦置き、ガッタの手からピザを取り上げ、まるで真綿から糸でも紡ぐようにクルクルとピザを回してチーズの白滝を断ち切り、それをガッタの取り皿に置いた。それから、ガッタの口周りの食べかすやソースを、ナプキンでトントンと拭った。
もしも結婚して子供に恵まれていたら、こういう光景が見られたのだろうか。ニースは、ルナールがガッタに甲斐甲斐しく世話を焼く姿を眺めながら、過去に違う選択肢を取った自分の幻想を重ね合わせていた。
そこへ、厨房からピザ職人が戻ってきて、ニースに質問する。
「そろそろ二枚目を焼こうかと思うんだが、嬢ちゃんは、貝は平気か?」
「問題ない」
「よし。それじゃ、今度は浅蜊と牡蠣を使おう」
回答を聞いたピザ職人は、去り際、二口目に挑むガッタと視線を合わせ、パチッと小さくウインクをしてから厨房に戻った。
それから三人は、途中で陽気なピザ職人とお喋りを楽しんだり、ピザに合うドリンクを試してみたりしつつ、最終的に四枚のピザを平らげ、お腹も心も十二分に満たされた状態で、ビーアンドビーに帰って行った。




