035
庭の水やりを終えたニースは、温室から屋敷に戻り、書斎で手紙を片手にして窓辺に立っていた。
「ニース様」
「来たか。ブレックファーストの支度中に済まない」
「いえ、お気になさらず。そちらに関しては、ほぼほぼ準備が整っていますので」
ルナールに呼びかけられたニースは、視線を窓ガラスからルナールに移し、返事をした。
それを聞いたルナールは、現状をサクッと伝えた後、ニースに質問する。
「頼みがある、というのは?」
「あぁ。実は、以前に研究レポートを送った相手から、ぜひとも学会に来てほしいという返信が届いてね。一度は断ったんだが、今朝、またしても勧誘の手紙が来たんだ」
そう言ってから、ニースは持っている手紙をルナールに見せ、該当箇所を人差し指で示した。
ルナールは、エプロンのポケットから丸眼鏡を出し、レンズ越しに文字を追うと、眼鏡を戻しながら言う。
「待遇は悪くなさそうですが、何か問題でも?」
「馬や宿を先方で用意してくれるのは助かるんだが、サターンの日の朝に出発で、帰りはサンの日の夜か、ムーンの日の朝になるんだ。さすがに、何時間も学術討論するような場へは、ガッタを連れて行く訳にもいかない」
「そうですね」
「そこで、出来れば留守にするあいだ、ガッタを預かっていてほしいのだが、可能だろうか」
「まぁ、週末くらいなら、お預かり出来るかしら」
ルナールが片手を頬に添え、うつむき加減で考えながら答えると、ニースはホッと肩を撫で下ろしながら言う。
「悪いな。なるべく屋敷を空けたくないんだが、今回ばかりは、どうしようもなくて。助かるよ」
「お役に立てたようで。では、ダイニングに戻ります」
静かに一礼すると、ルナールは廊下へ出て、足早にダイニングへと駆けて行った。
「あとは、週末はルナールの家で過ごすよう、ガッタに伝えるだけか。すんなり言うことを聞いてくれると良いのだが」
ニースは、手紙を畳んで封筒にしまうと、窓辺を離れ、デスクの引き出しを開ける。そして、手紙を中に入れると、再び窓辺に立ち、雪解けで青々とした新緑が顔を出している高原を見るともなしに眺めた。




