033
「ニース、いたいよ~」
「血が止まれば、そのうち痛みも引くから、辛抱しなさい」
ニースは、日陰で生え放題になっているドクダミの葉を摘むと、平たい石の上に座らせているガッタの膝に当てた。
ガッタは、押し当てられたドクダミの葉を凝視しながら、下唇を噛んで痛みを我慢し始める。
しばし、二人はジッと動かないまま、沈黙を守った。そよ風が吹き抜け、新緑をざわわといわせる音や、小鳥がさえずる声だけが聞こえる時間が流れた。
流血が止まり、傷口から熱が引いたことで、痛みが緩和されたからだろうか。それとも、単純に、お喋りの虫が再び騒ぎ出したからだろうか。
ニースが膝を押さえる手を離して靴紐を結び直すと、ガッタはニースが予想だにしないことを口走った。
「はっぱいちまいで、いたいのをとんでいかせるなんて、ニースは、マジシャンみたいね」
「それは、魔法使いという意味かい? それとも、奇術師という意味かな?」
「どっちなの?」
「どちらでもない。僕は、一介の学者だ。知識を重んじ、それを社会を改善するために、適切に使用することを旨とする生き物さ」
「ふぅん」
ガッタは、ニースの説明に対し、分かったような分かってないような生返事をした。
そして、傷口が開いて血が出ないか、おそるおそる膝を曲げ伸ばしして確かめると、石の上からぴょんと降り立ち、そのまま石の周囲を歩いてから、ニッコリ笑ってニースに手を伸ばした。
その反応を見たニースは、擦り傷の具合が良くなったと判断し、伸ばした手を取り、ルナールたちが待つ場所まで移動していった。
このあと、日が暮れる前にニースたちは屋敷に戻り、早めのディナーを済ませると、ルナールはシュヴァルベを引っ張って帰って行った。
家に帰ったシュヴァルベが、ルナールから懇々と二時間にわたる説教を食らったのを、ニースとガッタは知る由も無かった。
「きょうは、シャワーじゃないのね」
「せっかく塞がりかけた傷口が悪化してはいけないからね。気持ち悪くは無いかい?」
バスルームで、ニースは洗面器に人肌のお湯を張り、濡らしたタオルでガッタの小さな背中を拭きながら訊ねた。ガッタは、首を横に振りながら答える。
「ううん、へいき。さっぱりする」
「そうかい。……さて。前は、自分で拭きなさい。僕は、シャワーを浴びてから上がるから。くれぐれも、膝を拭く時は擦らないように」
「はぁい」
ニースは、背後からガッタに乾いたバスタオルを渡すと、受け取ったガッタは、それで胸から下を覆うように巻き、クルッと振り向き、腰から下をタオルで巻いて隠しているニースの上半身をチラ見してから、すぐにバスルームを出た。
ニースは、ガッタのシルエットが消え、足音がしなくなったのを見計らい、バスタブの淵から立ち上がってタオルを外し、それを壁のフックに引っ掛け、シャワーを浴び始めた。




