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ランチバスケットには、切り込みを入れたライ麦パンにクレソンと潰した茹で卵を挟んだサンドイッチや、一口大に焼いたベリータルト、ポテトサラダなどが入っていた。
バスケットを開けた直後、それまで中身を秘密にされていたガッタはワァと歓声を上げ、ラディッシュの描かれた小さな平皿に取り分けられるやいなや、瞬く間に平らげてしまった。
その後、大人げなくガッタと争奪戦を繰り広げ出したシュヴァルベを、ルナールが幼少期の赤っ恥エピソードを暴露して制したり、サンドイッチやタルトばかり食べているガッタに、ニースが紅茶やサラダを勧めたりと、ランチタイムは、終始和やかなムードであった。
「いいなぁ。うらやましい」
食後、ガッタはニースの手を引き、再び小川の方へと駆け出した。ラグの上には、食べ終わって空になった食器類とバスケット、それから大小二つの花冠が残された。
シュヴァルベが小さい方の花冠を手に取り、構造を確かめるように凝視しながら呟くと、後片付けをしているルナールが、ラディッシュの描かれたカップや銀のスプーンをピクニックハンパーに戻しながら言う。
「帰ってから掃除を手伝うなら、作ってあげても良いわよ?」
「姉ちゃんの花冠は求めてない」
「あっ、そう」
すっかり可愛げが無くなったものだ。ルナールは、ハンパーの蓋をベルトを留めると、大きい方の花冠をその上に置き、折り曲げた腕を枕にしてゴロンと昼寝を始めたシュヴァルベを横目に見やりつつ、まだ可愛かった頃のシュヴァルベのことを、ぼんやり思い返し始めた。
ルナールが思い出に浸っている頃、ニースはガッタを追い回していた。
「おにさん、こちら♪ てのなるほうへ~」
「すばしっこいな。さっきと全然違う方向ではないか」
細く折ったハンカチで目隠しをしたニースは、聴覚を頼りにしながら、周囲で囃し立てるガッタを捕まえようとしている。ハンカチには、角に紫の糸で薔薇が刺繍されている。
ガッタは、手を叩いてニースの周囲を回りながら、捕まりそうになるとサッと身を翻し、背後に移動するということを繰り返している。
「おにさん、こちら。てのなる、――ヒャッ!」
「ん? どうした、ガッタ」
ニースは、ガッタが急に悲鳴を上げたので、目隠しを外して姿を探した。すると、膝を抱えたガッタの後ろ姿が目に入ったので、すぐに前に回って様子を確かめた。
よく見ると、ガッタは片膝を擦り剥いており、反対側の足元では靴紐が解けている。このことから、遊びに夢中になっていたガッタは、靴紐が解けているのに気付かず、紐先を踏んで転んでしまったのだと、ニースは即座に推理した。




