029
「いい天気だな」
雲一つない青空を背景に、屋敷の別棟の天頂では、風見鶏がくるりくるりと回転している。
シュバルベは、遠くに見えるそれをぼんやり眺めつつ、応接室から続くバルコニーで、ラタン編みのビーチチェアに座って寛いでいる。
バルコニーの先にある芝生では、ガッタが蝶を追いかけたり、綿毛を吹き飛ばしたり遊んでいる。
しばらくして、バルコニーにニースがやってきた。書類の束を小脇に挟み、手にはミルクティーを淹れたマグカップを持っている。
それらをガーデンテーブルに置き、揃いのガーデンチェアに座る。ニースは書かれた論文に目を通そうとしつつ、横目でシュバルベを見ながら言う。
「あまり長居をするようなら、宿泊費を請求するよ」
「無い袖は振れませ~ん」
声でニースの存在に気付いたシュバルベは、芝生の方を見たまま軽く二の腕を振ってみせ、気の抜けるような間延びした声で言った。
開き直ったシュバルベの態度に、ニースは呆れて溜息を吐き、紅茶を一口飲んでから話を続ける。
「羽根で反物を作るという恩返し方法もある」
「俺は鶴じゃないから、無理だな。嬢ちゃんの面倒をみてるんだから、それでチャラにしてくれよ。あれ、俺の分は?」
半身を起こしたシュバルベが、テーブルにカップが一つしかないことに気付く。ニースは、もう一口紅茶を飲み、チラッと応接室の方へ目を向けながら言う。
「飲みたければ、キッチンで淹れてくるんだな」
「紅茶は淹れられないんだ。姉ちゃんに頼もうかな」
「ルナールなら、使用人部屋だ。刺繍をしているから、邪魔しないように」
それだけ言うと、伝達が済んだとばかりに、ニースは論文に目を通し始める。するとシュバルベは、ニースの横顔をしげしげと観察し始めた。
紙をめくって文字を追いつつ、しばし沈思黙考していたニースだったが、あまりにもシュバルベが不躾な視線を送ってくるので、口を開いた。
「言いたいことがあるなら、口にしたまえ」
「叶えてくれるのかい?」
「内容による」
「せっかくの晴天だから、ピクニックでもしたらどうかと思ってさ。嬢ちゃんも、体力を持て余してるみたいだしさ。――あっ、噂をすれば」
シュバルベが視線を芝生の方へ移すと、ニースも紙面から目線を上げ、同じ方向を見た。二人の視線の先では、ガッタがバルコニーへ向かって駆けてくるのが見える。
「ニース! よつばあったよ~」
ガッタの手には、葉が四枚のクローバーが握られていた。このあと、刺繍を終えたルナールも交えて話し合い、ランチは屋敷の裏にある小高い丘の上で食べることになった。




