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ふたりで暮らせるかな  作者: 若松ユウ
Ⅱ アメジストの月
26/181

026

 ガッタとルナールがキッチンでフルーツタルト作りに勤しんでいる頃、ニースは温室で薔薇の手入れをしていた。

 枯れた葉や花柄を取り除いたり、通気を悪くする込み入った枝を伐ったりしながら、隣の畝に植え付けた苗が順調に根付いているか、土の表面が乾き過ぎていないかを確かめて回っていたのである。

 ひと通り見回ったニースは、作業台の上に置いてあるノートにインクを浸したペンを一筆走らせたあと、ページをめくって以前の記録を見返しはじめる。


「昨年は、害虫と雑草の対策をしていたのか。今年は、冷え込みが長いな」


 一連の数値や備考を確認してからノートを閉じると、ニースはガラス戸の向こうでガッタが手を振っているのに気付いた。その場で嬉しそうに飛び跳ねるたびに、マフラーの先やコートの裾がはためいている。

 片手を上げて応じると、ニースはトレンチコートを羽織り、温室の外へ出た。


「ニース、おなかすいてる?」

「ランチを食べたばかりだろう。ディナーにしては、日が高い」

「よかった。おなかペコペコなあなたに、とっておきのスイーツがあります!」

「想像上のイエスマンと会話しないでくれるか、ガッタ」


 今日が何の日で、およそ何を準備していたのか察しが付いているニースは、おおかたルナールに言われたセリフ回しを丸暗記して再生してるだけなのだろうと思い、ぐいぐいと布地が伸びる勢いでコートの袖にあるベルトを引っ張るガッタに誘導されるまま、ダイニングへとついて行った。

 

「いちめいさま、ごあんな~い!」


 ダイニングへ入ると、ルナールがテーブルセッティングし終えたところだった。テーブルの上にはティーポットやシュガーポットなどが品良く並び、中央には、わざわざ銀製のクロッシュを被せた料理が置かれている。

 ガッタは、ニースをクロッシュを被せた皿に一番近い席に座らせ、自分は、その隣の席に座った。ニースは、取り皿の上に置かれたナプキンを膝の上に広げて置き、ガッタにも自分と同じようにするように言った。その時、取り皿の下に小さなメッセージカードが挟んで置かれているのに気付いた。

 ニースがカードの存在に気付いたことにガッタが気付くと、ガッタはルナールにアイコンタクトを送った。ルナールはガッタにアイコンタクトを返しつつ、ニースに向けて説明する。


「お気付きになりましたね。それは、ガッタちゃんからニース様への気持ちを綴ったものです。と申しましても、私が代筆したものですが」

「よんで、よんで!」


 そのうちガッタにカリグラフィーを教えようかと思いつつ、ニースは取り皿の下からカードを引き抜き、深紅の線で縁取りされた中に書かれているブルーブラックの文字を読み上げた。


「ニースへ。いつも私のことを大事にしてくれてありがとう。ガッタより。――か弱い子女を護るのは、成年男子の務めだ。あくまで僕は、当たり前のことをしているに過ぎない」

「当たり前のことを当たり前に出来る紳士ばかりとは限りませんよ、ニース様。たとえば、我が家の愚弟とか」

「彼を例に挙げてはいけない」

「ぐていってなんなの?」


 ガッタがニースからルナールへと視線を移して質問すると、ルナールは回答せずにクロッシュを開け、切り分け用のナイフを手にした。


「そんなことより、早くタルトをいただきましょう。冷めてしまいますわ」

「そうしましょう! ニース、おなかすいてるもんね」

「空腹なのは君だろう、ガッタ」

「ちがうもん。ニース、さっきペコペコだっていったもん」

「言っていない。あれは君の勘違いだ」

「はいはい。水掛け論は、そのくらいにしてくださいな」


 ルナールは、食い違う二人の自論を適当に聞き流しつつ、中心からサクサクとタルトにナイフを走らせはじめた。

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