022
翌朝。オーバーブーツを履いて雪道を歩いて来たルナールは、使用人部屋で着替えた後、一つの疑問符を頭に浮かべていた。
「ベッドルームにも温室にも、書斎にも居られないなんて。どうしたのかしら?」
何か突発的な事件でもあったのではなかろうかと、警戒するように耳をピンと立て、不安げに尻尾をゆらりゆらりと振り動かしつつ、ルナールはドアをノックしてからゲストルームへ入った。
「おはようございます。――あらあら。そういうことだったのね」
ルナールが部屋に入ると、ベッドの上では、ニースがガッタを懐に包み込むようにして眠っていた。ルナールが毛布をめくると、背中を丸めたガッタが、ニースの胸に頭を預けるようにして熟睡していた。
サイドテーブルには銀盆があり、その上には二枚の平皿と一本のスプーン、水を張った洗面器と絞りタオル、それから、背表紙の色褪せた絵本が置いてある。
窓辺は厚手のカーテンで引いてあり、暖炉には、わずかに熾火が残っている。
これらの現場状況から、ルナールは、昨夜はガッタが風邪を引き、他人との付き合いを好まず、子供の世話に不慣れなはずのニースが、珍しく面倒を看てやったのだと推測した。
「こうして見ると、まるで父娘ね。もうしばらく、静かに寝かせてあげましょう」
ルナールは、ずらした毛布を二人の肩口まで引き上げて掛けると、足音を忍ばせつつも、嬉しさを隠せない様子で耳を垂れ、尻尾をパタパタと小刻みに動かし、部屋をあとにした。
ルナールがキッチンでブレックファーストの用意をしていると、銀盆を持ったガッタが、皿や洗面器を落とさないようにと思ってか、抜き足差し足でやってきた。
その姿に気付いたルナールは、パンをオーブンに入れて蓋をしてから立ち上がり、ガッタの手から銀盆を預かりながら言った。
「おはよう、ガッタちゃん。今朝は、よく眠れたかしら?」
「おはよう、ルナール。きょうは、おめめぱっちりよ」
「元気になって良かった。ところで、朝からニース様の姿が見えないんだけど、何か知らない?」
看病がてら一緒に寝ていたという証言を固めようと、ルナールがわざととぼけて質問した。
「ニースなら……。ううん、なんでもないの」
ガッタは何か言いかけ、すぐに両手で口を押さえ、かぶりを振って知らないフリをした。
ハハーン。さては口止めしたな。ルナールは、ニースの考えそうなことに思い当たると、戦法を変えた。
「昨日はブイヨンスープを作って置いたんだけど、美味しかった?」
「おいしかった! ベッドのおへやで、ニースがたべさせてくれてね」
「へぇ。昨日は、ニース様に看病してもらったのね」
「そう――あっ、しまった! ナイショっていったのに」
「うふふ。隠さなくても良いのよ。ニース様には言わないから、昨日のお話を聞かせて」
「ばれちゃ、しょうがないなぁ。あのね……」
王様の耳はロバの耳。言うなと言われると、余計に言いたくなるのが人情というもの。
ガッタは、ニースにはナイショにしてねと前置きしてから、真摯に看病してくれた嬉しさを語り始めた。




