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挙式が終わったのは、昼下がりのことであった。
今からなら夕方の汽車に間に合うということで、普段着に着替えたグレンツェとオンサは慌ただしく旧市街へ戻り、オンサの叔父も、ミオたちに御礼を言って自宅へ戻った。
ニースやガッタたちも一張羅を脱ぎ、カジュアルな恰好に戻っている。
「スバルたちがのったのは、あのきしゃかな?」
バルコニーの手すりに顎を乗せたガッタは、煉瓦造りのサイロが点々と建つ牧草地沿いに走る汽車を指差しながら言った。
「たった今、帰られたばかりですから、いくら馬車を飛ばしても、あれには間に合わないかと」
「そっか。じゃあ、こんどのきしゃだね。よいしょっ」
ガッタは、手すりの上から顎を下ろし、グレンツェの左隣から右隣へと移動すると、ゆらりゆらりとジェーやエスの字に揺れ動いているグレンツェの尻尾を捕まえて言った。
「ねぇ、レンズ。ここに、リボンをむすんでもいい?」
「尻尾にリボンですか。僕には、とても似合わないと思いますよ」
「そんなことないよ。きっと、オシャレさんになるもん。カッコよくしてあげるね~」
そう言うと、ガッタは襟元で結ばれていたラベンダーのリボンを解き、縞模様の尻尾の先端で蝶結びにした。毛足が長いのと、黒と黒のあいだで結んだこととで、結んだ部分が少し細くなったように見える。
「ほら、スマートになった」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
御礼を言いつつ、グレンツェは、どのタイミングで外したものだろうかと考えていた。そんなことは、つゆ知らず、ガッタは大した前置きも無く爆弾発言をした。
「レンズとなら、チューしてもいいなぁ」
「んんっ? それは、どういう意味でしょうか?」
真意を掴めないグレンツェが聞き返すと、ガッタは、うっとりした眼をしながら応えた。
「だって、レンズは、やさしいし、カッコイイし、かしこいもん。いうなら、いまのうちだよ。おとなになるまでに、うりきれちゃう」
「待ってください。色々と気が早すぎませんか? 僕がどんな大人になるかは、まだ分かりませんよ?」
「ううん。わたしには、わかるもん。それとも、レンズはイヤ?」
「いえ。僕なんかでよろしければ……」
「よかった! ――はぁ、あんしんしたら、おなかすいてきちゃった。いま、なんじ?」
「只今の時刻は、二時三十五分ちょうどです」
「じゃあ、もうすぐ、さんじだね。ルナールのところへ、レッツゴーッ!」
ガッタが室内へ駆け戻ると、グレンツェは懐中時計をポケットに入れ、急いであとに続いた。




