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本来、ガニュメデス邸ほどの広さの屋敷であれば、使用人は今の十倍以上必要になる。それでも、サーヴァ、ルナール、カリーネの三者で事足りているのは、個々の能力が優れていることもあるが、鍵を掛けてある部屋は何もしなくて良いことになっていることが、一番大きな要因である。では、施錠されている部屋は放置されているのかと言えば、そんなことはない。マスターキーを持っているニースが異常が無いか確かめたり、同じくサーヴァが、手の空いた時に簡単に掃除をしているのである。
とはいえ、毎日綺麗にしている他の場所に比べると、行き届いていない点は多いもので、格子戸を潜り抜けたあと、バランスを崩して尻餅をついたガッタは、階段に積もった埃の多さに戸惑っていた。
「コッホ、コホコホ。うー、イガイガする」
舞い上がった埃に辟易しつつも、好奇心は削がれなかったようで、ガッタは一段一段、慎重に地下へと降りて行った。
地下は薄暗いながらも、要所要所に採光用の小窓が設けられていて、まったくの真っ暗闇というわけではなく、しばらくジッと目を凝らして暗順応させると、どこに何があるのかというシルエットが見えてくる。
とはいえ、ハッキリ色が分かるわけではないので、形だけ見て想像するしかない。だが、イマジネーションにも限度というものがあるので、ガッタの頭の中には、次から次へと疑問符が量産される一方であった。
「ロウソクたてを、もってきたらよかったかなぁ」
「そこで何をしてるのかな、ガッタ?」
「キャーッ!」
ガッタは、背後から急に声を掛けられてパニックを起こしかけた。だが、燭台を持った人物エックスがニースであると分かると、今度はスーッと冷や汗をかき始め、その場から逃げ去ろうとした。
しかし、地上へ戻る入り口は一つしかなく、そこにニースが立ち塞がってしまっていたので、ガッタは呆気なく捕まえられてしまった。
「ガッタ。僕は以前、君に『鍵が掛かっている部屋に入ってはいけない』と言ったはずだ」
「ううっ、ゴメンナサイ。オバケが、ささやいたの」
「……そうか。では、その変なオバケを退治しておくよう、あとでサーヴァにでも頼んでおこう」
「うん、おねがいね」
鬼か幽霊か化け物か。人智を超えた何かの仕業になったところで、怒りの毒気を抜かれたニースはガッタの正面に立って見下ろすのをやめ、壁際の窪みにある短いロウソクに火を灯して回った。そして、最後に持っている燭台を埃だらけのテーブルの上に置き、ガッタに部屋全体を見渡すように言った。
「ご覧よ、ガッタ。忍び込んでまで見たかったのだろう?」
「ふわ~。みたことないものが、いっぱいある! ねぇねぇ、アレはなぁに?」
「落ち着きなさい。飛び跳ねると、余計に埃が立つ」
「ねぇ、なんなの? おしえてよ~」
「やれやれ。それなら、こうしよう」
ニースは、キャッキャと嬉しそうに動き回るガッタを再び捕まえると、腰と膝裏に腕を回して抱き上げ、お転婆なお姫様に一点ずつ紹介し始めた。




