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それは、ディナーの席でのことだった。
メインディッシュである夏野菜のパスタを食べ終え、デザートに葡萄が出された時のこと。半分に切られて種を取られた葡萄を口に運んだガッタは、何か固い物が残っていると感じて吐き出した。
「わっ! たねじゃない、これ」
「えっ? あらら、大変。ちょいと口を開けて見せなさい。ほら、あーって」
「あー」
カリーネに言われた通り、ガッタが大きく口を開くと、下の前歯が一本抜けているのが見えた。抜けた箇所の出血は止まりかけており、歯茎に腫れも見られないことから、カリーネは、このまま様子を窺って永久歯が生えてくるのを待てばいいだろうと判断した。
「もう、とじていい?」
「いいわよ。そっかぁ、ガッタちゃんも、ようやく大人の歯に生え変わるのねぇ」
「ん? あっ、いっぽんたりない!」
いったん口を閉じたガッタは、舌先で歯列の裏を探り、それでようやく、吐き出した白っぽい物が、抜けた下の歯であることに気付いた。
このあと、騒ぎに気付いたニースが乳歯と永久歯について説明し、半年もすれば新しい歯に生え変わると言ってガッタを安心させていると、表面の葡萄や血液を綺麗に洗い流した歯を小さなトレーに載せたものを持ったグレンツェが、キッチンから戻ってきた。
「付着していた汚れは落としてきましたけど、どうされますか?」
「これ、どうしたらいいの? たべられないよね?」
抜けた歯の扱いを知らないガッタが小首を傾げていると、ミオが口を開いた。
「昔は、抜けた下の歯を屋根の上に投げると、生えてくる歯が丈夫に育つって言ったわよね、ニース?」
「あぁ、そんな迷信があったね」
「あたしも聞いたことある。たしか上の歯だったら、庭に植えるんだよ」
「なんで、わざわざ、そんなことするんだ?」
「聞いたこと無いのかい、シュヴァルベ。わりとポピュラーな、おまじないだぞ」
ニース、カリーネ、オンサがミオの話に覚えを感じる中、シュヴァルベだけが取り残された。ガッタは、そんなシュヴァルベに同情することもなく、こう言い出した。
「じゃあ、やねのうえになげたらいいのね? なげてくる~」
「お待ちください、ガッタ様」
綺麗になった歯を片手に握り、席を立って廊下へ向かおうとしたガッタの細腕を掴み、外へ出られないように引き止めてから、グレンツェは言った。
「今は、もう外が薄暗くなってますので、屋根が見えません。抜けた歯は僕が責任を持って預かりますから、明日の早朝になさいませ」
「そっか。くらかったら、やねまでとどいたか、わかんないもんね。じゃあ、おねがいね、レンズ」
「はい。たしかに、お預かりします」
グレンツェに説得されたガッタは、その主張は尤もだと感じ、握っていた歯をグレンツェに手渡した。
預かったグレンツェは、失くさないように置いてくると告げ、ダイニングを離れた。ガッタの位置からは見えなかったが、シュヴァルベには、立ち去るときのグレンツェの顔が紅潮しているのがハッキリ見えた。




