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葡萄にまつわる、別の寓話を話そう。
ある日、お腹を空かせたキツネは、森の中でたわわに実った葡萄を見つけた。キツネは食べようとして一生懸命にジャンプしたが、葡萄は木の高い所に実っていて、どうしても手が届かない。何度もチャレンジしてみたが、キツネは葡萄に手が届かなかった。怒りと悔しさから、キツネは「どうせ、この葡萄は酸っぱいに決まっている」と負け惜しみの言葉を吐き捨てるように残し、立ち去った。
このキツネの心理に関する認知的不協和を論ずるのは、別の機会にするとして、とにかく、葡萄とキツネには結びつきがあるのだということだけ、念頭に置いておいてほしい。
さて。葡萄の木が並んだエリアの一角に、ガッタとグレンツェ、そして、狐のような耳と尻尾を持ち、口元に立派なカイゼル髭を蓄えたウルフ属の紳士の姿がある。
紳士は、この葡萄園のオーナーであり、ガッタとグレンツェの二人が葡萄狩りをするさまを見守り、適宜、アドバイスをしている。
踏み台に乗ったガッタが、ハサミで青みの残る葡萄を摘み取ろうとすると、オーナーはガッタの手に手を添え、全体に赤く色付いた別の葡萄へと導きながら言った。
「そっちの葡萄は酸っぱいから、こっちにしよう。負け惜しみみたいに聞こえるかもしれないけどさ」
「まけおしみみたいって、どういうこと?」
枝から切り離した葡萄をオーナーに渡しつつ、ガッタは疑問を投げかけた。オーナーが、摘み取られた葡萄をカゴに入れつつ、どのように寓話を説明したものかと考えていると、別の踏み台を葡萄の下へ移動させながら、グレンツェが答えた。
「諺ですよ、ガッタ様。葡萄に手が届かなかった狐が、酸っぱいに違いないと言って諦めたという寓話に由来します」
「へぇ~。レンズ、ものしりだね」
ガッタが感心しながらグレンツェの方を見ると、グレンツェは照れ臭そうにはにかんで視線を逸らし、丸々と実った葡萄を包むように持ち、柄にハサミの刃を当てた。
一方、ガッタとグレンツェの子供組が甘酸っぱい体験をしている頃、ニースとカリーネの大人組は、葡萄園の中に併設されたワインセラーで、それぞれの生年のワインを試飲していた。これらはオーナーの粋なはからいで、二人にプレゼントされたものである。
ただ、熟成されたニースのワインは、長い年月のあいだにアルコール度数が高くなっていたようで、ニースはグラス半分飲んだだけで、頭を抱えてしまった。
「大丈夫かい? 水をもらってこようか?」
「あぁ、頼む。久しぶりに飲んだから、アルコールへの耐性が弱っていたらしい」
「まぁ、無理して飲むこと無いさ。ボトルに残った分は持って帰っていいって言われてることだ」
カリーネは、ニースのボトルにコルク栓を押し込むと、飲み水を探しに席を立った。
あとに残されたニースは、カリーネの姿が見えなくなると、ぐたっと脱力してイスの背にもたれかかり、半分残ったグラスを恨めしそうに睨み付けた。




