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グレンツェがゲストルームへブレックファーストを届けに行ったとき、シュヴァルべは冷水で顔を洗い、オンサはソファでひと息ついているところだった。
ソファの前のローテーブルに二人分の食事をセットすると、パンが入っているバスケットが気になるオンサと、顎先から滴る雫をタオルで拭いながら戻ってきたシュヴァルべにメニューを説明し、最後に食べたあとのことに触れた。
「お召し上がり後は、廊下の台車に置いておいていただければ、あとで回収いたしますので」
「おー、わかった」
「悪いね、起きるのが遅くなっちまって」
「いえいえ。それでは、失礼いたします」
オンサとシュヴァルべの二人にブレックファーストを届けたあと、グレンツェはキッチンに移動した。ダイニングから回収したティーカップや銀食器などなどを、これは海綿で、こちらは磨き粉でと、素材によって違う後片付けを、年齢に見合わぬ手際のよさでこなしていた。
すると、そこへストローハットを目深にかぶり、タオルやハンカチを入れたおなじみのリュックサックを背負ったガッタがやってきた。
「あっ、レンズみーっけ!」
「わっ、ガッタ様。このような場所に来てはいけません」
「なんで、なんで? きれいにしてるじゃない」
「ここは使用人が雑務をするための場所ですから、ゲストが来て良い場所ではありません」
「ふぅん。レンズは、ルナールとちがうのね」
「お分かりいただけたようですね」
「じゃあ、おしごとがおわるまで、ここでおとなしくしてるね。どうぞ、つづけて」
「はぁ……」
近くにあった木製の丸イスを角に寄せて腰を下ろしたガッタは「これで、よかろう」とばかりに得意げな顔をした。
グレンツェは、見られていると気が散るので、本音を言えばゲストルームへ戻って欲しかった。だが、日頃は年長者の相手ばかりで、ガッタくらいの年頃の女児と接することがほとんど無かったグレンツェには、理由を説明し、その上で納得したにも関わらず、ズレた結論を導き出して行動するガッタの思考回路が、まったくもって理解できなかった。
「ねぇねぇ。レンズは、ぶどう、すき?」
「えぇ。特に、これといって食べられない物は、ありません」
「そうじゃないの! それなら、ぶどうとももなら、どう?」
「どちらも食べられますよ。瑞々しくて、美味しいですね」
「ちがーう! むぅ、どういったら、わかるかな」
こちらとしても、もう少し言葉を尽くして欲しい。喉まで出掛かった台詞を飲み込み、グレンツェは数分前まで口紅が付いていたグラスを、表面が虹色に反射するまで綺麗にしてから、硝子戸付きの棚にしまった。




