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「うみだーっ!」
「ちょいと、ガッタちゃん。あんまり乗り出しちゃ、危ないわよ。戻ってらっしゃい」
汽車がホームに着いたのは、夕方遅くだった。駅を降りてすぐ、ガッタはカリーネの制止も聞かず、水平線の向こうへ隠れはじめている太陽に向かって走り出し、道路と一段下の海岸との境目にある木製の柵に両手を掛けて体重を預け、深呼吸して磯の汐風を肺いっぱいに満たした。
「わっ、オンサ」
「暗くなっちまう前に、サマーハウスとやらへ行くぞ。迎えが来てる」
「えっ、どこどこ?」
「ほら、コッチだ」
背負っているリュックごとガッタの身体を持ち上げ、柵から身体を遠ざけると、オンサはガッタを道路へ下ろした。そして、ストローハットのリボンを揺らしながらキョロキョロ辺りを見渡しているガッタの肩を両手で押さえて九十度回し、向かってくる馬車を指差した。
馬車に乗って移動しているうちに、辺りはすっかり宵闇に包まれた。
カンテラを吊るした馬車から五人が手荷物を持って降り、ニースが薄暗い屋敷の玄関でドアノッカーをコンコンと鳴らすと、ギーッ軋む音を立てながらドアが開き、灯りのついた燭台を持ったミオが姿を現した。
「私のサマーハウスへ、ようこそ。長旅でお疲れでしょうから、お部屋へ案内するわ」
「わーい!」
「……君、ひとりなのか?」
「三人や五人に分身してるように見えて?」
「そうではない。身の回りのことは、すべて自分で出来るのかという意味だ」
「ニース、ミオがしんぱいなんだね」
「ここには、私と同じリンクス属の坊やを一人連れてるわ。今はディナーを用意してもらってるから、あとで紹介しようと思って。これで満足かしら?」
「あぁ。安心したよ」
ガッタとニース、それからミオが歩く後ろでは、カリーネ、シュヴァルベ、オンサの三庶民が、邸宅の立派さに驚いていた。
「あの絵画の紳士、まるで写真みたいじゃない?」
「寝てたら、額縁から抜け出して枕元へ立ってるかもな」
「もぅ、シュヴァルベったら。変なこと言って、脅かさないでよ」
「あのシャンデリアって、一つ幾らくらいするものかしらね」
「俺たちが、一年二年は遊んで暮らせる額じゃねぇの。なぁ、オンサ」
「いやいや、もっとするんじゃない? もしも故意に壊したら、一生かかっても弁償できないかもよ」
好き勝手なことを喋りたい放題に話しつつ、ミオの案内で各人はそれぞれの部屋へ荷物を置いた。部屋割りは、ニースの部屋、ガッタとカリーネの部屋、オンサとシュヴァルベの部屋の三つである。
手ぶらになってから、水回りやサロンルーム、ワインセラーなどを順に巡ったあと、ようやく一行は、ダイニングへと辿り着いた。




